マッチレビュー EURO2020決勝 イタリアvsイングランド
こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第5回は、ついに欧州王者が決定したEURO2020決勝のレビューをお届けです。興奮冷めやらぬうちに、どうぞお楽しみください!
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マンチェスター・シティの指揮官としても活躍したロベルト・マンチーニが率いるイタリア代表は、EURO2020において「本命」として期待されていたチームの1つだ。従来の守備力をベースにした「リアクション型」のサッカーから脱却を目指したイタリアは、中盤にチェルシーFCのジョルジーニョとPSGのマルコ・ヴェッラーティを同時に起用することで自分たちから主導権を握るビルドアップを武器とするチームに変貌。決まったポジションを定めない流動は、「近未来的なスタイル」とも評されている。守備でも積極的なプレッシングによる奪回にトライしていく柔軟性を武器に、イタリアは決勝戦まで辿り着くことになる。
一方のイングランドは、前回大会の覇者ポルトガルを想起させるような「堅実な守備力」をベースに勝利を重ねてきた。ポルトガルと比べても選手個々の質は高く、プレミアリーグで鍛えられた精鋭たちが相手の強みを封じていく。特に守備陣は強力で、カイル・ウォーカーとルーク・ショウの両サイドバックは「欧州最高峰」のクオリティを誇っていた。CL王者チェルシーFCの主力として活躍したベン・チルウェルがベンチに備える選手層は、まさに圧倒的。育成改革によって「黄金世代」となったチームは、実質ホームとなった今大会で地の利も活かした躍進を果たす。
◇先制から、流れを掴んだイングランド
試合巧者として知られるイタリアだが、均衡が破れたのは一瞬だった。前半開始からわずか2分で、イングランドが先制ゴールを奪ったのである。プレス耐性の高さを発揮したメイソン・マウントがイタリアのコーナーキックからのこぼれ球を的確にキープすると、ルーク・ショウにバックパス。彼がドリブルでプレッシングを外しながら、中盤で数的優位を作った局面でハリー・ケインがボールを受ける。コーナーキックではエリア内で守備に参加していたケインは前線に全速力で走るのではなく、中盤の微妙なポジションでボールを受けることを選択。
カウンターの起点としての中距離パスにも定評があるトッテナムの主軸は、ボールを運びながら右サイドに展開する。ここで絶妙なタイミングでオーバーラップすることで、ボールホルダーだったキーラン・トリッピアーへのプレッシャーを軽減した「陰の殊勲者」がカイル・ウォーカーだ。右サイドでプレッシャーが弱まったところで時間が生じ、その間に中央の選手たちがエリア内に侵入。結果的にファーサイドでフリーになったルーク・ショウがゴールを決めるイメージは、チームで共有されていた。
EUROの大会期間中、The Athleticで分析記事を寄稿しているリバプールの副官ペップ・ラインダースは「サイドバックからサイドバックへの展開」というトレンドを「リバプールにおける理想形である」とコメントしている。特にドイツでアタランタ所属のロビン・ゴセンスが輝きを放ったように、5バックとなってスペースを消す相手を「広い展開」で崩すメカニズムは必修の型となっている。
先制点を機にゲームの流れを掴んだイングランドは、センターバックを誘いながらケインが下がってボールを受け、相手が自陣に戻ったタイミングでも中盤に残りながら攻撃の起点として機能するプレーでイタリアの中盤を牽制する。イタリアもボールを保持する時間を徐々に作れるようになったが、5枚の前にデクラン・ライスとカルバン・フィリップスを並べる堅陣を相手にスペースを使えない。マルコ・ヴェッラーティがボールに触る回数を増やしながらボールを運んでいくが、効いていたのがメイソン・マウントだった。中盤の動きと連動しながら自陣での守備にも参加し、スペースを使わせない意識で守備のバランスを保つ。イタリアは左のハーフスペースを中心に攻撃を仕掛けたが、そこからの効果的なパスは遮断されてしまっていた。
#ENG's defense holding on very well so far.
特に前線に起用されたインモービレはスペイン戦同様に消える時間が長くなってしまい、中央から崩すイメージを持てなかったのは大きな課題だった。攻撃では両ウイングバックがイタリアのウイングを推進力で苦しめ、そこから着実なボール運びを狙っていく。
イタリアは前半崩しの局面で苦しみ、ゴール期待値が高い場面は少なかった。特筆すべきは、キエーザがドリブルの仕掛けからシュートを狙った場面(xG: 0.03, 35分)と、右サイドからのボールにインモービレが合わせた場面(xG: 0.10, 45分)くらいのもの。イングランドのカウンターに脅かされていたこともあり、「敵ペナルティエリアに踏み込めない前半になってしまった」と評価するべきだろう。
◇イタリアの「0トップ」における鍵
イングランドのカウンター対策において、カイル・ウォーカーの存在感は別格だった。ポジショニングセンスと守備範囲の広さでカウンターを「個で終了させる」ことに長けたマンチェスター・シティ所属のDFは、難しいボールを冷静に処理していた。印象的なのは、キエーザが持ち運んだ51分の場面だ。ウォーカーはインモービレを意識しながらカバーリングが可能な距離感を保ちつつ、逆サイドのスペースにも見事に対応。浮き球をキッチリとヘディングでGKに戻し、相手のカウンターを封じてしまった。
個の高い守備能力でイタリアの攻撃を無効化していたイングランドに対し、後半はロベルト・マンチーニが仕掛ける。スペイン戦では自分たちが苦しめられた0トップに変更し、中央にロレンツォ・インシーニェを起用したのだ。加えてキエーザを左サイドに移動させつつ、ブライアン・クリスタンテとドメニコ・ベラルディというカードを切る。バレッラ→クリスタンテ、インモービレ→ベラルディの交代は、ゲームの流れを一変させるものだった。
イタリアの攻撃において鍵となったのは、実はゼロトップ自体ではない。右サイドのハーフスペースを意識したポジションを取ることで「右サイドの数的優位」を創出したクリスタンテと、キエッリーニが左サイドバックに可変していくシステムだ。センターバックがサイドバックのように駆け上がる戦術としては、シェフィールド・ユナイテッドの「オーバーラッピング・センターバック」が有名だが、イタリアの狙いは「ヴェッラーティをセンターバックの位置から攻撃に参加させること」だった。ボヌッチの左側に立つキエッリーニがサイドバックのポジションに流れることでスターリングを誘い、エメルソンのポジションを手薄にさせる。そしてエメルソンが縦に走れば、キエーザをハーフスペースで使えるという仕組みだ。
61分、キエーザがシュートを放った場面は象徴的だ。ヴェッラーティが下がってボールを受けると、ケインのマークが曖昧になる。キエッリーニが左サイドに流れながら連動のスイッチとなり、縦パスを受けたキエーザが中央に近いポジションでドリブルを開始。最後はピックフォードの好セーブに阻まれたが、完全に「イタリアの狙い通り」というパターンだった。そこにインシーニェが左右に流れるパターンを組み合わせることで、イタリアはイングランドの守備を徹底的に混乱させていく。65分にはキエッリーニが前線に上がることで、キエーザのカットインを助けるという非常に珍しい場面すら見られた。そして、その流れで獲得したコーナーキックが値千金の同点弾を導くことになる。
イタリアの「0トップ」はスペインのように中盤に下がりながらポゼッションを安定させるというよりも、ボールを持たない局面での囮としての役割となっていた。これは前線に流動性を取り戻すことを狙ったマンチーニの策であり、彼が恐ろしかったのは「ビルドアップの修正」と「ゼロトップによる流動化」の両方を同時に対処したことだ。ジョルジーニョとヴェッラーティがボヌッチの左右をサポートしながら、キエッリーニがサイドバックのようにオーバーラップ。攻撃における左右の非対称性と綿密に準備されていた可変によって、完全にイングランドは崩壊する。
ボール運びを担ったヴェッラーティとは異なり、1列前を動き回ることでチームを助けたジョルジーニョのパフォーマンスも賞賛に値するものだった。前半はヴェッラーティとは斜めの位置関係で相手のボランチを誘いつつ、後半になるとセンターバックのサポートをしながらボールの供給役を担っていく。
この「センターバックがサイドをオーバーラップする動き」はレスター・シティとレアル・マドリードが「チェルシー対策」として披露したシステムに酷似している。前述した2チームは3バックの陣形でセンターバックをオーバーラップさせたが、マンチーニはそれを応用して4バックを可変。このメカニズムのメリットは、相手のWGを自陣に押し込むことだ。守備能力に劣る選手のポジションからオーバーラップを仕掛けることで、攻撃では「弱いサイド」に数的優位を創出。相手がセンターバックを抑えようとすれば、カウンターの脅威となるカードを自陣まで下げなければならない。
ヴェッラーティをエリア付近でプレーさせることを目的に「押し上げる」メカニズムは予想しやすいが、初見で「キエッリーニのオーバーラップ」への対処は難しい。2枚のパサーは自陣に残りながらゲームを作り、そこを抑えようとすると守備ブロックが崩壊する。イングランドは決死の守備によって追加点を防いだが、彼らでなければ耐えられなかっただろう。最終的にはPK戦まで戦い抜いた両チームだったが、イタリアが後半は終始主導権を握っていた。
イングランドの堅陣を翻弄する攻撃力と柔軟性を備え、延長戦になれば確実なリスク管理でPK戦まで耐え抜く。焦ることなくゲームを運び続けた彼らこそ、EURO2020王者に相応しいチームだった。イタリアサッカー協会が目指してきた改革を象徴するチームとして、彼らは欧州を席巻した。
一方でイングランドの黄金世代にとっても、欧州制覇の一歩手前まで迫ったことは重要な手応えになるはずだ。フットボールの母国は、次の大会でも注目のチームになるだろう。
文:結城康平(@yuukikouhei)
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