国家プロジェクトとの戦い。川崎フロンターレの奮闘と苦しみ

こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第103回では、2025年5月3日(日本時間)に行われたAFCチャンピオンズリーグエリート 決勝戦のマッチレビューをお届けします。ぜひお楽しみください!
また、購読登録いただきますとディ アハトの新着記事を毎回メールにてお送りいたします。ご登録は無料で、ディ アハト編集部以外からのメールが届くことはございません。新着記事を見逃さないよう、ぜひ下記ボタンよりご登録いただけると幸いです。
◇川崎フロンターレのACLは「国家との戦い」に
中東勢がフットボールというスポーツに与えている影響を、無視することは難しい。欧州のトップリーグにも中東からの資金が流入し、多くのトップクラブがその力でチームの強化に成功してきた。マンチェスター・シティFCやパリ・サンジェルマンFCはその恩恵を受けることで、欧州のトップクラスで競い合っていた「強豪クラブ」に匹敵する戦力を集め、新興勢力として名を轟かせた。
2021年にはサウジアラビアの政府系ファンドであるPIF(パブリック・インベストメント・ファンド)が、ニューカッスル・ユナイテッドFCを買収。新たな投資先としてフットボールに注目する彼らが見据えるのは、2034年のFIFAワールドカップだろう。カタールがその大会を目標に代表を強化したように、サウジアラビアも多くのプロジェクトを同時期に動かしている。
たとえばネオムSCは前述したPIFが保有するクラブであり、ワールドカップが開催される予定の新スタジアムを本拠地とする予定だ。彼らは現在サウジアラビア2部でプレーするが、圧倒的な資金力をバックに「クラブワールドカップへの出場」という野望を掲げている。エジプトのネスタと呼ばれ、過去にはイタリアのACFフィオレンティーナでもプレーしたアハメド・ヘガジーもネオムSCに加わっている。そして、それどころかPIFはアル・アハリ・サウジFC、アル・ヒラル、アル・イテハド、アル・ナスルを保有しており、もはや世界有数のサウジアラビアという国家との戦いこそがACLになりつつあるのだ。
そんな国家級の資金力を誇るサウジアラビア勢を相手に、川崎フロンターレは懸命に戦ってきた。準決勝ではクリスティアーノ・ロナウドを擁するアル・ナスルFCとの対戦になったが、ブロゾビッチを抑えることで供給路を遮断する「戦術的な駆け引き」にも勝利したフロンターレは、決勝戦の舞台に進むことになった。今回は「サウジアラビアで最も堅実なチーム」になったアル・アハリと川崎フロンターレの決勝戦について分析していきたい。
◇驚異のCB陣と、チームの鍵となる可変システム
堅守を支える守備ユニットにおいて、別格だったのがCBコンビだ。2023年6月の時点で市場価値が3,000万ユーロに達したブラジル人CBロジェール・イバニェス、2022年3月の時点で市場価値が3,000万ユーロに達したトルコ代表のメリフ・デミラルの組み合わせは、正に鉄壁。欧州でも十分に通用するであろうこのコンビは、アル・アハリ最大の武器だった。
イバニェスは恐ろしいまでの対人能力を誇り、ドリブルでの持ち上がりやスルーパスのような攻撃参加でも存在感を放つ。デミラルはイバニェスの積極的なプレーをサポートし、カバーリングに気を配りながらDFラインをコントロールしていく。CBの1枚はサウジアラビア人であることも多いサウジアラビアの他チームと比べて、このコンビは別格の守備力を誇った。
アル・アハリサポーターにも人気のイバニェスに空中戦を制圧された川崎は、なかなか攻撃の起点を作れずに苦しんだ。特にGK山口からのキックがDFラインの裏ではなく前に落ちるような軌道が多かったことはゲームを通じた課題であり、イバニェスとデミラルが「前向きに競り合う」場面では空中戦で勝利する可能性が見えなかった。ゲーム全体として間延びしている時間が長かったことで、どうしてもロングボールを蹴り合うことも多くなり、それもCB陣が強いアル・アハリの土俵だった。
また、アル・アハリがチームとして用意していたのは可変システムだろう。前半10分には、可変しながら中盤の30番アル・ジョハニが左サイドバックのポジションに下がり、アリオスキが前線に駆け上がる場面があった。このアリオスキは経験豊富な左利きのプレイヤーで、攻撃的なプレーを得意としている。
このアリオスキが左サイドを駆け上がり、逆サイドのSBは低いポジションをキープ。左サイドに数的優位を生み出し、右サイドはマフレズが単独での突破を狙う。この可変はチームとして効果的だった訳ではなく、散発的にアリオスキが上がるだけになっている場面も多かった。
◇川崎のチャンス、失点シーンの分析
ここからはゲームの時系列に合わせ、川崎とアル・アハリのゲームにおける鍵となったシーンを分析していく。15分58秒、ケシエのところを挟んで奪う連動した守備からボールを奪った脇坂に大チャンス。ワンテンポ先にマルシーニョに渡していれば、というところだが若干の躊躇があり、ボールをインターセプトされてしまった。マルシーニョのサイドは序盤から対面するSBを苦しめており、このサイドからの先制ゴールが川崎にとっては必要だった。
しかし、ボールを保持したのはアル・アハリ。3バックのところでボールをつなぎつつ、前線のテクニカルなアタッカーが連動しながらゴールを脅かしていく。17分頃にはアリオスキとイバニェスがミドルを狙うなど、危険なシュートが続いた。このミドルシュート攻勢こそが中盤のマークが甘くなってきていたという意味で「危険な気配」だった。残念ながらここで修正しきれなかったことで、アル・アハリの先制ゴールが生まれる。
失点は佐々木のロストから。長い距離を戻った家長がガレーノを捕まえるのか、もしくは河原、佐々木、高井の誰かが前に出て潰すのか。最終ラインは余っており、どの選択肢も取れた。佐々木と高井はダブルチーム状態、丸山の周辺にマーカーは不在。丸山はマフレズのマークで動けないが、その他の選手はボールにアプローチするべきだった。アリオスキに意識が向いてしまった家長は強度あるランを求められており、これはやむを得ない部分もある。

むしろ後方、高井と佐々木のどちらかが人を掴むように河原、もしくはセンターバック、家長に指示をするべきだったといえる。後方の選手は状況を把握しやすいので、指示を出すのはキーパーでも良いだろう。ただ、実際のところは完全にエアポケットになってしまった。そしてこのくらいフリーであれば、ガレーノのような選手はそれを逃さない。
解説は「崩された訳ではなく、個の力で決められた」ということを強調していたが、むしろこれは川崎が自ら「崩れてしまった」場面だろう。疲労などの要素もあったのだとは思うが、決勝戦のプレーとしては緩慢になってしまった。
2失点目については、三浦の負傷中。10人になったところでマフレズがドリブルを仕掛け、前線まで長い距離をダッシュしてきたケシエが完全フリーでヘディングシュート。
ここで注目すべきはマフレズのポジションだ。彼もエリア内にボールを出してから侵入、1点目と同様に中央での仕事を求められていることが判る。ここもDFラインは完全にケシエを捕まえきれておらず、丸山は死角に立たれてしまってなす術なし。それどころか丸山の背後にはマフレズまで入ってきており、ほぼ2人がノーマーク。中盤もケシエを追うことは出来ておらず、逆サイドバックの佐々木も中央を埋めるように、高井を動かせていない。高井は首を振ってマイナスのクロスを警戒していた動作があったが、首を振った時には既にケシエが危険なゾーンでフリーになっており、マークの状況判断が遅れてしまった。
アル・アハリが試合を通して狡猾だったのが、CBにマークしなければならない選手を当てることで彼らの移動を封じる「ピン留め」だろう。CBの高井は特にスカウティングされていたはずだが、トニーだけではなくマフレズやフィルミーノが交互にエリア内に入ってくることでCBを足止めし、CBが届かないエリアから中距離のシュートを狙ってきた。
アル・アハリが2点のリードを守ろうとしたこともあるが、ここから川崎がボールを保持する時間が続く。56分50秒、ガレーノが決めたシーンを想起させるようなゾーンでボールを受けた脇坂がフリー。少し外なのでシュートは撃てなかったが、インサイドに2つショートパスの選択肢もあった。ファーへの狙いも悪くはなかったが、そちらに出していた場合の結末も気になったところだ。遠いアーリークロスに対しては、合わせにいった選手も角度が無かった。

59分40秒には、山本が美技でチャンスを演出する。外に出すようなボールの置き方で相手を惑わしておいて、狙いは縦。脇坂からのボールを受け、危険なエリアで持たせれば駆け引きを仕掛けられることを示したプレーだった。
75分30秒、大関がファーを選ばずに近いところに渡し、伊藤が外しながらミドルシュートも枠外へ。77分40秒にも、伊藤が惜しいシュート。細かく外しながら、予備動作の少ないシュートを狙えるのは伊藤の希少な能力だった。

疲労とアウェイの環境、そして資金力。サウジアラビアのチームは過去のように「スターを買う」だけではなく、働き盛りの選手たちを賢く獲得しながら、欧州のチームと遜色のない戦力を揃えている。川崎にとっては勝ち筋が限られたゲームであったのは間違いないが、勝利の目が無いゲームではなかった。
伊藤、大関の投入でゲームの流れが変わったように、やはり攻めるべきはDFラインとMFラインの間、いわゆる「ライン間」だったのは間違いない。ケシエは運動量が多い分、ある意味でこのエリアを手薄にすることも少なくない。このエリアに入り込みながらCBを釣り出す、もしくはCBが動けない状態であればミドル、あるいは質的優位を作っていたマルシーニョの突破を狙う。実際にこのエリアで山本が見事な駆け引きを見せたように、日本人選手の技術と駆け引きはこのエリアでこそ発揮されたはずだった。
なかなか前半はこのエリアに入り込めず、CBに跳ね返されてしまったのは攻撃面での失敗だった。また、上手くエリア内にもう1枚を増やすことでCBの縦への移動を封じることも求められていた。川崎の両ワイドはエリア内にフリーランで侵入することが少なく、CBの動きをマーカーで封じる場面は少なかった。
加えて守備の局面では、コミュニケーションの不足が目立った。一方のアル・アハリは、デミラルとイバニェスが頻繁にハイタッチしたり、細かいところでもコミュニケーションを取りながら守備の連動を機能させていた。特に佐々木と高井は、CBとSBのチェーンでスライドしたいところやボールにアプローチしたいところで足が止まってしまい、結果的に致命傷となるゴールを決められてしまった。
ACLの難しい舞台で奮闘した川崎フロンターレだったが、やはりこのレベルではコミュニケーションの不足や組織的な綻びが勝負を分けることも少なくない。一歩ずつ積み上げることで今後のリーグで結果を残し、再びACLの舞台で挑戦してくれることを祈ろう。
文:結城康平(@yuukikouhei)
ディ アハト第103回「国家プロジェクトとの戦い。川崎フロンターレの奮闘と苦しみ」、お楽しみいただけましたか?
記事の感想については、TwitterなどのSNSでシェアいただけると励みになります。今後ともコンテンツの充実に努めますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
また、ディ アハト公式Twitterでは、新着記事だけでなく次回予告や関連情報についてもつぶやいております。ぜひフォローくださいませ!
ディ アハト編集部

すでに登録済みの方は こちら