【対談】結城康平×山中拓磨:2024/25のアーセナルと、監督としてのミケル・アルテタ
こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第101回のテーマは、アーセナルFCとその監督ミケル・アルテタ。書籍『ミケル・アルテタ アーセナルの革新と挑戦』(平凡社)の翻訳を手掛けた編集部2名による、対談企画をお届けします。ぜひお楽しみください!
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◇アーセナルで新たなカルチャーを作り上げた、ミケル・アルテタ
山中:今回重版となった『ミケル・アルテタ アーセナルの革新と挑戦』ですが、本書では監督未経験ながらアーセナルの監督という大役を任されたアルテタが、どのようなアプローチでこの重要な役割と向き合い、クラブを変えることに成功したか、アーセナル番記者チャールズ・ワッツさんの目線から語られています。
アーセナルの監督としてのアルテタ、彼のここまでの手腕を結城さんとしてはどう見ていますか?
結城:そうですね。まずピッチ上での采配などの部分とは別に、スター選手であっても厳格なスタンスで臨む監督なのだな、というのが非常に印象的です。若手監督としてはかなり珍しいですし、ビッグクラブでスター選手のマネジメントに苦しむ監督も数多くいるので、これはアルテタの大きな特徴といえるのではないでしょうか。
山中:スター選手のマネジメントという意味では、まさにアルテタの前任のウナイ・エメリがそれに苦しみ、直接的にではないにせよ、退任の遠因となりました。ただ、これはエメリ自身の素質というよりも、アーセン・ベンゲルが選手に自由を与えることを非常に重んじるタイプの監督だったので、誰にとっても彼の後を継いで規律を徹底するのは非常に難しい仕事だったと思います。
結城:クラブの在り方を変え、新しい文化を作る、という意味ではかなり厳格なタイプのアルテタは適任でしたね。本書の中でも触れられた、アルテタのチームビルディングのエピソードはとても興味深かったです。単なる戦術家というだけでなく、補強に関与したり、就任当初想定されていたよりも多くのものをアーセナルにもたらしたといえますね。
山中:クラブが新人監督にどこまで任すつもりでいたのかはわかりませんが、結果的にはアルテタがアーセナルに新たなカルチャーを植え付ける、という所までやってくれて非常にありがたかったですね。
◇責任分担型モデルの限界と、全権委任型監督の是非
結城:ウナイ・エメリを招聘した時には、アーセナルはベンゲル/ファーガソンタイプの全権委任型のモデルからは距離をとろうとする意図も感じられましたが、結局この試みはうまくいきませんでした。
山中:アーセナルはエメリをベンゲル時代のように“Manager(マネージャー)”ではなく“Head Coach(ヘッドコーチ)”と呼んだり、かなり意図的に方針転換にトライしている所はうかがえました。
アルテタも最初はウナイ・エメリと同じくヘッドコーチという肩書きで監督を務めていたのですが、再びマネージャーとなることが2020年にアナウンスされています。
結城:クラブの運営を分担するモデルが理想ではあるのかもしれませんが、結局のところ、ある程度監督の権限が強くないと機能させるのは難しいのではないかという気がしますね。分担型のモデルがうまくいっているクラブはあまりないです。
監督主導ではなく、クラブ主導でチームの在り方を定義し、それに従ってチームを作っていく。この形は、たとえばFCバルセロナのような長年続く伝統的なアイデンティティを持つクラブでない限りは難しいのかもしれません。フロントと監督が完全に同じ方向を向いていないと、選手補強と監督の志向するゲームモデルがかみ合わないなど、色々と軋轢や問題が生じる可能性が高いです。
山中:アーセナルだと、二コラ・ペペの獲得がその例でしょうか。報道によると、元々ウナイ・エメリが望んでいたのはウィルフレッド・ザハの獲得だったそうです。ペペは利き足とプレースタイル的に右サイドがほぼ専門でしたし、既にプレミアリーグでの実績豊富だったザハとは大きくプロフィールが異なる選手でした。
監督の退任とともにチーム作りを再びゼロから始めなくてはならない、というデメリットとのトレードオフではありますが、やはり今のアーセナルの補強も、基本的にはアルテタが望む選手を獲ってくる形に落ち着いており、そしてその方がはるかに機能しているように感じられます。
結城:現実的には今のサッカー界で成功の見込みが高いのはこちらのモデルだと思いますね。リバプールFCやマンチェスター・シティFCも、どちらかというとクロップやペップの在任中に彼らが理想とするチームを組み上げる、という手法で結果を残しました。
またフロントに関しては、ディレクターにエドゥという特に欧州での経験が豊富なわけでもない人材を抜擢したことも少し意外ではありましたが、思いの他アルテタとの相性はよさそうです。アーセナル出身ではありますが、別にアルテタとエドゥは選手時代に接点があったり、というわけでもないですよね?
山中:特に一緒にプレーしたこともないですし、エドゥは引退後ブラジルで働いていた期間が長いので、本格的にアルテタとチームを組んで働くのはアーセナルが初めてのはずです。
ただ、その割にクラブの要求水準に達していないと判断した選手は容赦なく退団させる、またその際の金銭的な部分は多少妥協してでも退団を優先させる、といった姿勢は完全にアルテタと波長が合っているというか。エドゥがアルテタの意向を汲み取って動けているのかな、と思います。
結城:彼がディレクターとして非常に優秀だったのはかなりサプライズでした。スカウト部門を解体して人員整理に踏み切る、という決断も当初は不安視されましたが、結果的に、その後も良い選手獲得を行うことができています。
もしかすると、ウィリアム・サリバの獲得のような原石を発掘する力は少し落ちているのかもしれませんが、今のアーセナルのフェーズ的に、必要としているのはむしろデクラン・ライスのような選手なので問題とはならなさそうです。
山中:エドゥは選手を説得したり、上層部と重要な話し合いをするときにBBQを行うことに定評があり、移籍市場期間中にエドゥのプライベートのInstagramは結構アーセナルファンから注目されていますね(笑)。関係あるのかわかりませんが、今夏はエドゥのBBQ投稿はなく、そして新ストライカーもアーセナルは獲得しませんでした。
*2024年11月、エドゥがアーセナルを退任することが発表された。多くのスタッフに「激震が走った」とも報道されるほど、シーズン途中での退任は人々を驚かせた。
◇補強と新加入選手
結城:補強に関していえば、今季アーセナルはリカルド・カラフィオーリを獲得しました。イタリア人DFというのはあまりプレミアリーグで活躍した前例が少ないこともあり、多少の不安もありましたが、高さもありますし、空中戦で狙い撃ちにされて苦戦するといったこともなさそうですね。
山中:そうですね。たとえば少し前だと、同じく印象的な国際大会での活躍を経てイタリアからやってきたルーカス・トレイラあたりはかなり適応に苦しんでいた印象があります。しかし、カラフィオーリは身長も英語力も高いですし、フィジカルもプレミアリーグでやっていく上で不安は感じさせず、既にチームに馴染んでスタメンの座を掴みつつあります。
結城:カラフィオーリは攻撃参加も得意で、いわゆる「チャラい」雰囲気のあるDFなので、少しアルテタらしくないというか、意外といえば意外でしたね。
山中:最終ラインにはサリバ、ガブリエル、CBもできるホワイト、中盤にはライス、と堅固な陣容が揃っているので、一人くらいはカラフィオーリのような選手も……ということなのかもしれないですね。
結城:もしかすると、守備の不安をなくしてしまってからであれば、こういったタイプの選手を本当はチームに加えたいとアルテタは考えていたのかもしれません。
カラフィオーリはボローニャFCからイングランドに来た選手ですが、夏のEUROでもボローニャやバイエル・レバークーゼンといった現代的なサッカーで結果を残したクラブでプレーする選手が活躍しており、やはりビッグクラブからも注目されているようですね。
山中:アーセナルは冨安もボローニャから獲得していますし、両クラブの関係性は悪くなさそうですよね。
結城:アーセナル移籍の可能性が報じられた選手にはRBライプツィヒのベンジャミン・シェシュコもいました。彼が獲れていたら非常に面白かったのではないかと思います。馬力があってスピードがあり、中距離からのスーパーシュートなども見せる、ちょっとしたハーランドのような勢いがある選手です。
身長のわりに空中戦にそこまで強い、という感じではないですが、ハヴァーツとは異なるタイプのFWなので、もしアーセナルに来ていればハマっていたのではないでしょうか。
山中:まだアーセナルは継続してFWを探しており、かつシェシュコも一旦は契約延長となったものの、将来的な移籍はあり得ると思うので、来夏以降に期待したいですね。
ちょっと身も蓋もない話になってしまいますが、最近のアーセナルを観ていて実感するのは、きちんと選手のスカウティングなどが機能しており監督と連携できているという前提であれば、やはり高額な移籍金で実績ある選手を獲得することはチームの強化にダイレクトにつながる、という点です。そういった意味でも、アーセナルはある程度FWに予算をかけるつもりはありそうです。
◇今季の中盤の最適解
山中:また、アーセナルはレアル・ソシエダからフィジカルがあり、対人戦に強いMFのミケル・メリーノも獲得しました。移籍直後の怪我の影響もあり、少し時間がかかりましたが、出場機会は増えてきています。
ただ、今季は入れ替わりで離脱者が出ている影響もあり、ライス、パーティ、ジョルジーニョにメリーノとウーデゴールあたりを加えた今季のアーセナルの中盤はまだ、決定的な答えが見えている感じではないですね。
結城:やはり難しいのがデクラン・ライスの起用法ですよね。攻撃も守備もビルドアップもすべてできてしまう、能力が高すぎるが故に「彼をどの役割で使うべきか」が悩ましいところです。
6番でも8番でも、どちらでも非常に高い水準でのプレーが期待できますが、やはりどちらかというとセントラルハーフとして使いたいというか。アンカーとして固定してしまうのは少し勿体なさも感じます。
山中:以前チャールズ・ワッツさんにインタビューさせてもらった時にも、「結局ライスはどこで起用するのがいいんだ」という話をしたのですが、イングランド含む世界中のアーセナルファンの間でもかなり意見は割れているように思います。
結城:英国人MFの伝統といってもいいかもしれませんが、低い位置で起用した時でも、やはりどっしりと構えてくれるというより動き回ってプレーするタイプですよね。低い位置・高い位置にかかわらず厳格に役割につなぎとめるよりも、ある程度自由にやらせた方が活躍できそうといいますか。
山中:ライスを見ていると、非常に守備力の高いアーロン・ラムジーみたいな選手だな、と感じます。そうなると、相方に必要なのは現役時代のアルテタみたいなタイプの選手かもしれないですね。
◇アルテタアーセナルの戦術とスタイル
山中:中盤に限らず、結城さんはアルテタの監督就任以降のアーセナルをどう見ていますか?
結城:最近はとにかくハイプレスの仕込みと強度が凄いですよね。
ハヴァーツとウーデゴールが絶え間なく前線からプレスをかけ続けるのを見ていると、グアルディオラというより、クロップを彷彿とさせるものがあります。仮に前のプレスが突破されても、後ろに控えるサリバとガブリエルが止めてしまう構図も、ファンダイクとコナテのリバプールと少し似ています。
また全体的に、グアルディオラのアシスタントコーチを務めたという経歴から想像していたよりも、細かな策を弄したりはしないというか、王道を貫くタイプの監督なのだなとも思いました。ベースとなるサッカーをしっかりと持ち、真正面から相手をねじ伏せてしまうイメージです。
山中:自分たちのサッカーを徹底するのは、アーセン・ベンゲル時代からのアーセナルの伝統といってもいいかもしれないですね。
ベンゲル監督らしさでいうと、アルテタは流れを変えて攻めに行かないといけない場面、守りを固めたい場面の両方で、時々ベンゲル監督が乗り移ったかのような交代策を見せます。
ビハインドの時にとりあえずMFを下げてストライカーをもう一人投入したり、あるいはアタッカーを下げてCBを投入して5バックで守り切ろうとしたり。こういった交代が結構あり、意図は分かりやすいですが、ファンとしては逆にもう少し策を弄してくれてもいいのだけれど……と思う時もありますね(笑)。
結城:そういう所は少しイタリア人監督みたいな側面もありますよね。かなり慎重派で、先発メンバーに素晴らしい守備陣が既に揃っているのに、そこにさらにキヴィオルを入れて守り切ろうとしたり。アルテタが影響を受けた可能性のある監督でいうと、デイビッド・モイーズのよう、ということになるでしょうか。
ペップはペップで策士策に溺れる、という試合もたまにあるのですが、アルテタはそのような策をあまり弄さないので、逆に相手が小技をしかけてきた時に少し苦戦している印象もあります。最近では、昨季のFCポルト戦がそういった試合でした。
アーセナルの今後という意味では、アルテタが変化を加えたいと考えた時に起用できるような選手がいると面白いかもしれません。もちろん実際はオプションとなれる選手がいないので、少し捻った策を採用しないのか、それとも単にアルテタにそのつもりがないのかは少し判断が難しい所ですが。
◇マンチェスター・シティの打ち破り方
山中:さて、直近のアーセナルは良いパフォーマンスは見せつつも、最終的に優勝はシティに譲り2位、というシーズンが続いています。
恐らくこれがアーセナルファンが今最も気になっているといっても過言ではないと思いますが、シティに打ち勝ってプレミアリーグ優勝を果たすために必要な「あと一歩」となるポイントは何でしょうか?
結城:具体的にどこを詰めていけばいいのか、という話とは少し異なりますが、今のシティと比べたアーセナルの明確な強みは主軸となる選手が若いことですよね。世代交代が近づきつつあるシティと比べて、アーセナルはまだまだこれからキャリアのピークを迎える選手が多いです。
ここもかつてのリバプールと少し通ずる部分があります。逆にいうと、可能な限りの最高の戦力を脂がのり切った年齢で揃えないとシティに太刀打ちできない、という見方もできますが。
山中:シティは特にシーズン後半、あまりにも勝ち点を落とさないですよね。去年の終盤、確か残り9試合くらいで、シティを勝ち点2くらいの差でアーセナルがリードしていたタイミングがありました。この時に「これは残り8勝くらいしないと優勝できなさそうだな」みたいなことを呟いたんですが、リバプールのファンの方に「いやいや、シティはシーズン終盤絶対勝ち点落とさないから、全勝しないと優勝できないですよ」といわれ、ふたを開けてみればまさにその通りでした。
結城:たとえばリバプールは時々、10分で7~8本シュートを打ってくるのではないか、というくらいの勢いを見せることもあり、瞬間最大風速ではシティを上回ることもあるのではないかと思うんですけどね。
山中:これに対するシティのアンサーというか、彼らとしてはシーズンはマラソンなんだよ、ということなのかもしれないですね。
アーセナルも、最初に2位に食い込んだシーズンはエキサイティングでスリリングなサッカー、という雰囲気でしたが、最近はより試合をコントロールし、エラーが起きる確率を減らす方向にシフトしている印象もあります。
結城:これはシティもまさに通った道ですよね。CL優勝を目指すのであれば、サイドバックに起用するのはジンチェンコやカンセロではない、という。
山中:確かに、実際に獲得当初はアーセナルをタイトル争いに加われるチームへと変えるカギとなった選手の一人であるジンチェンコも、既にほとんど出番を得られなくなってしまっています。
どこかで「誰もが守備的MFとCBが必要だと思っている時に5,000万£でトップ下を獲ってくるのがベンゲル、誰もがFWが必要だと思ってる時に5,000万£でDFを獲ってくるのがアルテタ」のようにいわれていて笑ってしまいましたが、確かにその通りだなと思いました。アルテタはサイドバック含む守備陣のアップグレードに、常に貪欲なイメージです。
結城:そういう意味では、どちらかというと前線の選手を入れ替えながら進んできたクロップのリバプールともまた少し異なりますね。このあたりは監督のカラーが出ているのかもしれません。
山中:そういえば、アルテタがアーセナルの監督に就任した直後も、まずは守備から、という順番でした。今のアーセナルもサリバやガブリエルのような絶対的な個の力が必要、と捉えられているのはどちらかというと守備陣で、攻撃は機能性が重視されている気がします。
結城:シティのようにハーランドとデブライネを並べれば攻撃の破壊力は抜群ですが、やはりどうしてもハイプレスは課題になってきます。アーセナルには既にサカとウーデゴールがいるという点もあり、攻撃に関しては絶対的な決定力を持つ選手がいなくとも、「チャンスを生み出す回数さえ増やしていけばいずれ点は決まるだろう」という考え方なのかもしれないですね。
山中:実際、それで昨季はシティと遜色ないくらいの得点を挙げていました。
個人的にはアルテタがなぜ堅固な守備の構築に拘るのかに関しては、現役時代に攻めっ気たっぷりのアーセナルでほぼ一人で中盤の守備に奔走していた経験が逆に影響しているのでは、と睨んでいます(笑)。
メリーノも「今のアーセナルはバスケットボールチームみたいだよ」と会見でコメントしていましたが、ここまで長身でフィジカルに秀でた選手が多くチームに揃っている点も、小柄でスピーディな選手を中心に構成されていた当時のアーセナルとはまったく異なります。
このようなアルテタのチーム作りが、今季こそアーセナルをリーグ優勝に導いてくれるのか、楽しみに見守りたいですね。
文:山中拓磨(@gern3137)
ディ アハト第101回「【対談】結城康平×山中拓磨:2024/25のアーセナルと、監督としてのミケル・アルテタ」、お楽しみいただけましたか?
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