あえて今、CL決勝を分析しよう。
こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第1回は、チャンピオンズリーグ決勝戦「マンチェスター・シティvsチェルシーFC」マッチレビューをお届けします。どうぞお楽しみください!
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欧州の頂点を決める闘いこそが、チャンピオンズリーグだ。
UEFAによる大会フォーマットの見直しやスーパーリーグの設立騒動など、コロナ禍でフットボールの世界も不安定な状況に陥ってはいたが、それでも欧州の頂点を目指す選手たちや監督の眼には一点の曇りも存在しなかった。純粋に勝利を目指して正面衝突した2チームの対決は、観客を熱狂させる魅力的なフットボールとなった。
トーマス・トゥヘルとペップ・グアルディオラは、お互いの力を認め合う宿敵だ。2014-15シーズン、バイエルン・ミュンヘンを指揮していたグアルディオラは昨シーズンのトゥヘル率いるマインツに感銘を受けており、ミュンヘンで彼と会う機会を設けることになる。小さなレストランで戦術論を4時間近く繰り広げた男たちが、欧州の頂点で激突することになったのだ。それはまるで運命のようで、彼らにとってはレストランでの対話が続いているような感覚だったのかもしれない。
◇「奇策」を選んだグアルディオラの狙い
レアル・マドリードを破って勝ち上がったトゥヘルのチェルシーは、相手の銃を暴発させるような粘り強さと不気味さを兼備するチームに仕上がっていた。ドルトムントでは「死ぬまで攻め続けろ」という合言葉をチームに浸透させたことでも知られるドイツ人指導者は、理想主義者から現実主義者への進化を遂げつつある。そのような相手に対応することを考えたグアルディオラは、可能な限り「サイドからの前進」を仕掛けようとした。中央に君臨するフランス人MFエンゴロ・カンテの存在感は別格で、そのゾーンでの勝率を高めるのは簡単ではない。だからこそ、彼らは「ダブル偽サイドバック」とでも言うべき仕掛けを用意する。
左サイドバックのジンチェンコが普段と変わらずハーフスペースに移動するだけでなく、その役割を守備的なMFに起用されたベルナルド・シルバがサポート。これによるシティの狙いは3つ。1つ目は、ジョルジーニョとカンテの前後に選手を置いて彼らを機能不全に陥らせること。2つ目は、下がってくるマフレズと流れるベルナルド・シルバを使いながら右サイドでの前進をスムーズにすること。そして、逆サイドはスターリングがアイソレーションから仕掛けていくイメージだ。そして3つ目、まずここまでの流れとして触れていくべきなのが「チェルシーのワイドアタッカー裏」が3-4-3攻略の鍵だと考えられていたことだ。比較的後ろまでは追っていかないチェルシーのワイドアタッカーを攻略する仕掛けは、センターバックのミリトンがオーバーラップしたレアル・マドリードやFAカップのレスター・シティが既に試していた仕掛けだった。
グアルディオラは3バックでセンターバックを前に走らせる代替案として、ウイングの背後に可変した選手を走らせるシステムを用意。これがグアルディオラの3つ目の狙いであり、「奇策に溺れた」という判断はこの時点では難しい。恐らくチェルシーのカウンターを浴びることを考えると3バックでのスタートは厳しく、苦渋の決断だったのではないか。また、ここまで手を尽くさないと破れないというイメージを脳裏に描かせた「トゥヘルの底知れない怖さ」なのかもしれない。
◇「ハーフスペース」争奪戦
マンチェスター・シティの狙いを消したのが、チェルシーのセンターバック陣だ。特にアスピリクエタとリュデガーは、躊躇することなく前進して相手のハーフスペースを封鎖していく。中盤だけでなく、アスピリクエタはジンチェンコのところにプレッシャーをかけるような走りのフェイクを繰り返すことで偽サイドバックの選手を嫌がらせた。このように「5-2」から「4-3」のブロックに移行することで、チェルシーはシティの攻撃したいスペースを消していく。中盤を3枚にすることで結果的にカンテがボールを奪うエリアがハーフスペースになったこともポイントで、この位置で彼はデ・ブライネ相手に何度も見事なリカバリーを披露している。シティがここで苦しかったのが、縦に深さを出せなかったことだ。センターバックが前を狙ってくるので、理想を考えればその背後にボールを蹴ることで相手を牽制したい。しかしそういったプレーが少なかったことで、スターリングの突破に頼る場面が目立った。実際、自陣からのロングボールにスターリングが抜けたプレーは序盤の大きなチャンスだった。
最初は少しスターリングの突破に苦しんでいたリース・ジェームズが徐々に適応すると、シティの攻め手は減っていく。唯一可能性を感じさせたのが、リュデガーのブロックショットに繋がった前半26分のプレーだ。ここではデ・ブライネとスターリングが近い位置で連携することで前に出たアスピリクエタを置き去りにしており、前に出てくるセンターバックにはワンツーなどの突破が有効になることを示している。しかし、チェルシーのセンターバック陣に駆け引きを仕掛けられる場面が少なかったのはシティの誤算だろう。
◇「脅威のポジショニング感覚」でシティを翻弄した男
長身のカイ・ハフェルツへのロングボールを多用することで全体を押し上げ、シティのリズムを崩すのがチェルシーの策だった。加えて、ティモ・ヴェルナーの存在感はジェイミー・ヴァーディー(レスター・シティ)に匹敵していた。
この男の愚直さと正確さは、驚嘆に値する。ヴェルナーの何が凄いのか?というところを、少し深掘りしてみよう。先ずはサイドからの攻撃において、ヴェルナーは必ず「サイドバックの死角となる内側のレーン」にポジションを取る。そしてセンターバックにマークされておいて、動きは中央ではなく斜め外へ。センターバックを外に釣り出しながら、中央のゾーンを手薄にする動きは彼の十八番だ。実際に得点シーンでも、見事なフリーランでハフェルツのスペースを創出している。死角に入る動きの精度が高く、全速力でスペースに走る動きが相手を翻弄する。また独特なのが、一般的なストライカーと比べると「数歩相手から離れようとする」という特性だ。
ゴールに近いところにポジションを取りたいストライカーは相手から「1歩」離れようとする。しかし、ヴェルナーはさらに遠い「2~3歩離れた位置」にポジションを取ろうとするのだ。結果的にそれが自らをゴールから遠ざけてしまうことで枠内にシュートが飛ばないこともあるが、それでもスペースを広く使おうとする動きは「囮」として抜群の効果を発揮する。他の選手であれば生じないスペースを、ヴェルナーが生み出しているのだ。ストーンズとルベン・ディアスはプレミア屈指のセンターバックとして今季活躍したが、それでも広大なスペースをヴェルナー相手に守るのは難しかった。
◇トゥヘルは攻撃で、何を仕掛けていたのか?
両WBが、トゥヘルの攻撃における1つの鍵になった。シティのシステムを考慮すると、どうしてもWBはカバーが難しいエリアになりやすい。チェルシーは長いボールをWBに蹴ることで、そのスペースにシティの両サイドバックを誘い出す。シティにとって厄介なのは、3トップの両翼を抑えなければならないことを考えるとどうしても長いボールに対する反応が遅れることだ。
実際にゴールシーンでは、ウォーカーが誘われたところでマウントがチルウェルからのパスを受け、冷静にスルーパスを選択している。3トップが中央に絞っていく性質も厄介で、例えばチェルシーが左サイドから大きく右サイドに展開した局面をイメージしよう。ジンチェンコはセンターバックの横までカバーを意識して戻っており、そこからWBまでは距離がある。ジンチェンコのカバーが間に合わないと考えると、本来は逆サイドのアタッカーを戻らせたい。しかしその選手は、チェルシーの中盤を意識していることが多い。
結果的に中を意識したシティの陣形を翻弄するように、チェルシーはWBへの長いボールから攻撃を仕掛けることに成功していた。
◇試行錯誤したシティ、1つの突破口はウォーカー
機能不全に陥った状況からバランスを崩しかけたシティは、右サイドバックのカイル・ウォーカーを前半途中からサイドの裏に走らせる。これは中央に寄ったチェルシーの意識を利用したものであり、実際チルウェルの的確な対処が無ければ危なかった。同時に終盤で得点が欲しい場面では、アーリークロスでファーサイドに的確なボールを入れることに成功。
チェルシーを苦しめたのは、彼とフィル・フォデンだろう。成長著しいシティの若きMFは、後半22分には1つの狙うべきゾーンとしてジョルジーニョの周囲を攻略。ハーフスペースから彼を遠ざけ、コンビネーションでそのスペースに侵入する動きによってチェルシーを苦しめた。マフレズとスターリングが存在感を発揮しきれなかったゲームで、デ・ブライネも離脱。それでもフォデンのプレーは、シティのサポーターに希望を与えるものだったはずだ。
中盤にフェルナンジーニョを投入することでイルカイ・ギュンドアンに自由を与えたことも、1つのポジティブな仕掛けだった。今シーズン得点能力を開花させていたギュンドアンは、ストライカーを起用しなかったことを考えればグアルディオラは最初から「アタッカー」に置きたかった面もあったかもしれない。ギュンドアンとベルナルド・シルバは、流石にカウンターに対して脆かったのも残酷な現実だ。
今回はCL決勝を分析したが、元々はイタリア代表がデ・ロッシをCBにすることで実現した「迎撃式3バック(5バック)」の進化を感じるものだった。単に攻撃的な中盤を迎撃するだけでなく、相手の偽サイドバックや守備的なMFまで迎撃することで中盤に厚みを加えるシステムは、後ろに枚数が多くなり過ぎるという5バックの課題を解決しながら攻守の安定感を高めている。今後、5バックの時代が訪れるのだろうか?守備戦術の進化にも、1つ注目していく価値がありそうだ。
文:結城康平(@yuukikouhei)
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ディ アハト編集部
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