サッカークラブの損益計算書を学ぼう

知らないと敬遠しがちな、サッカークラブの財務情報。サッカーメディア「footballista」で会計や財務に関する記事の寄稿経験を持つschumpeter氏(@milanistaricky)が、サッカーファン向けに「損益計算書」の見方を解説します。
ディ アハト編集部 2022.03.07
誰でも

こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第50回は、会計にまつわる基礎知識をテーマにお届けします。クラブを経営するうえで欠かせない収益・費用・利益は、どのように確認できるのでしょうか?マンチェスター・ユナイテッドを例に、損益計算書の見方やポイントをチェックしていきましょう!

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 近年のマンチェスター・ユナイテッド(以下、ManUtd)は、国内でも欧州でもタイトルに恵まれていない。

 そのような状況にもかかわらず、移籍市場で積極的に資金を投じ続けられるのはなぜなのだろうか?その理由は、端的に言えば毎年ManUtdが、世界で一二を争うほどお金を稼いでいるからである。このようにクラブの経済力が競争力を生み出すための大きな要素の1つである、ということは納得いただけるであろう。

 しかし、こうしたクラブの会計や財務の話を掘り下げようとすると、取っつきにくさを覚える読者もいるかもしれない。専門用語も多く、ぱっと読んだだけではわかりづらい部分もあるだろう。

 そこで本記事では、サッカークラブの財務諸表(今はお金回りについて記された書類と捉えてくれればよい)の読み方を、読者の皆様に共有できればと考えている。

 オン・ザ・ピッチの事象こそがサッカーの醍醐味であることは言うまでもない。だが、それを裏側で支える経済的な側面も知ることができれば、さらにサッカーの楽しみ方が増えるに違いない。また、財務諸表を読んで理解できることは、仕事であったり投資であったりと、サッカーに限らず身の回りの日常生活にも役立つはずだ。

◇財務諸表とは

 当たり前のことであるが、プロサッカークラブは企業として運営されている。そして、企業の周りには様々な利害関係者(ステークホルダー)が存在している。具体的に言うと、株主、債権者(お金を貸している者。銀行等が該当する)、顧客、仕入先、地域住民、国・地方公共団体、経営者、従業員等が挙げられる。

 彼ら利害関係者は、その立場によって関心事が異なっている。例えば、株主は「その会社の株を持ち続けてよいのだろうか」という視点から企業の成長性を知りたいだろう。一方で、債権者は「その会社がお金を返してくれるのだろうか」という視点を持つため、企業の安定性が気になると考えられる。

 こうした利害関係者に対して、企業は自らの活動の実態を報告する必要がある。一口に企業と言っても、様々な業種・業態の企業がこの世に存在している。しかし、あらゆる会社において、「お金を集める」「投資する」「利益をあげる」という3つの活動は共通している。財務諸表とは、これら3つの活動を表したものである。

 財務諸表は幾つかの書類から構成されている。その中でも特に以下の3つが重要であり、「財務三表」と呼ばれている。

  • 損益計算書(P / Lとも呼ばれる)

  • 貸借対照表(B / Sとも呼ばれる)

  • キャッシュ・フロー計算書(C / Sとも呼ばれる)

 先に挙げた3つの活動と「財務三表」は、以下に示す図1のように対応している。今回は、「利益をあげる」活動を表した損益計算書について、その一般的な見方を共有していく。

 さらに、ManUtdの損益計算書を使って、サッカークラブがどのようにして利益を生み出しているのかについても取り上げることとする。

図1(筆者作成)

図1(筆者作成)

◇損益計算書

 損益計算書は、一定期間(通常は1年間)の企業の経営成績をまとめた表である。英語で “profit and loss statement” ということから、P / Lと呼ばれることが多い。

 会社があげた利益を計算することが目的であり、収益から費用を差し引くという形で利益(収益を費用が上回れば損失と呼ばれる)を算出する。

 ここで注意していただきたいのは、必ずしも同額の現金が収益として入り費用として出ていき、そして利益として残ったというわけではない、ということである。要するに、損益計算書は「一定の基準のもとお金の出入りを決めたもの」だと捉えてほしい。

 日本で一般的な損益計算書の流れを説明していこう。1番上に来る売上高から各種費用を順に差し引いていく過程で、5種類の利益が出る(図2参照)。

 まず、売上高から売上原価を控除したものを「売上総利益」と呼ぶ。粗利(あらり)とも呼ばれ、その企業が儲かっているかどうかを大まかに示す。売上原価は商品、サービスを生み出すために直接的にかかった費用であり、小売業であれば販売した商品の仕入れにかかった費用、製造業であれば販売した製品を製造するのにかかった材料費、労務費等が計上される。

 売上総利益から販売費及び一般管理費を差し引くと、「営業利益」が算出される。これは本業でどれだけ儲かったかを表すため、重要視されることが多い。販売費及び一般管理費は、「企業の本業に必要だが売上原価に該当しない費用」として、広告宣伝費、人事・経理・総務等の間接部門の人件費等が該当する。後で詳しく述べるが、サッカークラブでは売上原価と販売費及び一般管理費を1つにまとめて営業費用として表し、これを売上高から差し引いて営業利益とすることが多い(つまり、売上原価と売上総利益がない)。

 次に、営業利益から営業外収益(企業の本業以外の活動で経常的に発生する収益)を加えて、営業外費用(企業の本業以外の活動で経常的に発生する費用)を差し引くと、「経常利益」が算出される。これは、本業以外も含めた事業全体で経常的に得た利益を表す。なお、欧米の損益計算書には見られない概念である。営業外収益の代表例としては、銀行にお金を預けたことで受け取れる利息があてはまる。逆に、営業外費用は銀行からお金を借りているために支払う利息が例としてわかりやすい。

 経常利益から特別利益(企業の活動に直接関わりがなく、臨時的に発生した収益)を加算し、特別損失(企業の活動に直接関わりがなく、臨時的に発生した費用)を減算すると、「税引前当期純利益」が算出される。そこから税金を差し引くと、最後に「当期純利益」が計算される。特別利益には土地や建物を売却した利益等が該当し、特別損失には災害やリストラによる損失が例として挙げられる。

図2(筆者作成)

図2(筆者作成)

◇サッカークラブの損益計算書

 最後に、ManUtdの損益計算書(2020年7月から2021年6月30日までの1年間が対象)を実際に参照しつつ、サッカークラブが利益を生み出す構造を詳しく見ていこう。

図3(筆者作成)

図3(筆者作成)

 先に説明したように、図3を見ると最初に来るのが売上高である。ManUtdは、昨シーズンにあたる期間に4億9400万ポンドを売上高として計上している。サッカークラブの売上高には、入場料収入・放映権収入・商業収入(スポンサーシップ、グッズ販売等による収入)という3つの源泉があり(図4参照)、ManUtdもそれに従って内訳を開示している。放映権収入と商業収入が大半を占めているのは、新型コロナウイルス感染拡大の影響によって対象期間の入場者が限定されていたためであるコロナ禍以前の時期には、ManUtdは1億1000万ポンド前後を入場料収入で稼いでいたことを付け加えておく。

図4(筆者作成)

図4(筆者作成)

 前述した通り、通常の損益計算書ではここから売上原価と売上総利益が来るのだが、ManUtdではそうはなっていない。売上原価と販売費及び一般管理費を一つにまとめて営業費用として表されている。これはサッカークラブの本業の性質が関係している。例えば、製造業界の会社であれば、目に見えるモノを製造、販売することが本業であると理解しやすいだろう(実際、トヨタの公式サイトでは主な事業内容を「自動車の生産・販売」としている)。

 一方、サッカークラブの事業内容というのは先ほど見た3つの収益源からわかるように、チケット・放映権・スポンサーシップ等の「サービス」を販売することである。そのため、費用の大きな割合を占める選手の人件費を、売上原価と販売費及び一般管理費のどちらに計上するかクラブ間で処理が割れる、という事態が生じている(つまり、売上原価、売上総利益を同一条件のもとクラブ間で比較することが難しい)。そこで、ほとんどのクラブでは、本業の活動で経常的に発生する費用を営業費用としてまとめて計上している。

 ManUtdの営業費用の内訳を見ると(図5参照)、「選手を含む従業員給与及び社会保障費等」(いわゆる人件費)と「選手の移籍金の減価償却費」が多くを占めている。

 選手の移籍金の減価償却費とはどういう意味なのか、簡単に説明しておく。あるクラブと契約を結んでいる選手がその契約期間内に別のクラブに移籍する時、後者のクラブから前者のクラブに移籍金が支払われるのはご存知の方も多いだろう。その取引をやや専門的に説明すると、移籍先のクラブが移籍元のクラブに対して「移籍対象となる選手を自クラブに登録する権利」を、移籍金という対価をもとに取得しているのである(契約期間が残っていなければ移籍金が不要なのは言うまでもない)。買い手のクラブの損益計算書で移籍金をどのように処理するのかというと、選手を獲得した期の営業費用に全額を計上するわけではない。移籍金を選手の契約年数にわたって配分して、毎年の営業費用に計上するのである。

 こうした費用を配分する手続きを減価償却と呼び、ManUtdのように積極的に移籍市場に資金を投じるクラブは、この負担が重たくなる。

図5(筆者作成)

図5(筆者作成)

 英国では日本の特別損益にあたる項目(exceptional items)を営業利益の計算に含むことになっているのだが、前期のManUtdは計上することがなかった。図3における営業費用の下に「無形固定資産の処分による利益」という項目があるが、これは先ほど登場した選手登録権の売却による利益のことである。この利益は営業利益の計算に含まれてはいるのだが、サッカークラブの本業が選手の売買ではないうえに、その時の事情に応じて大きく変動するため、通常の営業費用からは別にくくりだして記載されているのだ。

 営業利益から純金融収益(金融費用と金融収益の差額)を加えているのは、損益計算書の章で説明した経常利益を算出するために営業外損益を加味したことと、類似の作業と考えてもらえればよい。その後、税引前当期純利益、法人税等、当期純利益という流れで損益計算書が終わるのは日本と同様である。

 残念ながら、最終的に前期のManUtdは新型コロナウイルスの影響により、9200万ポンドの純損失を計上することになってしまった(コロナ以前は純利益を計上できることもあった)。

◇おわりに

 以上のように、損益計算書の一般的な仕組みとサッカークラブ固有の特徴をまとめた。ぜひ、本記事を参考にしながら、応援しているクラブ・リーグの財務資料や経営情報を見てみてほしい。本記事が、読者の皆様に新たなサッカーに対する見方を提供できれば幸いである。

【参考文献】

  • 國貞克則『財務3表一体理解法』(朝日新聞出版)

  • 西崎信男『スポーツファイナンス入門 プロ野球とプロサッカーの経営学』(税務経理協会)

文:schumpeter(@milanistaricky

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