14番、責任感、川崎フロンターレ

ドキュメンタリー映画「ONE FOUR KENGO THE MOVIE ~憲剛とフロンターレ 偶然を必然に変えた、18年の物語~」から見えてくる、中村憲剛氏と川崎フロンターレの躍進の理由とは。結城康平(@yuukikouhei)が独自の視点で考察します。
ディ アハト編集部 2021.12.05
誰でも

こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第34回のテーマは、昨シーズン限りで現役を引退した中村憲剛氏(現川崎フロンターレFrontale Relations Organizer〈FRO〉)のドキュメンタリー映画から紐解く、川崎の強さです。普段のマッチレビューとはテイストの異なる結城さんの記事、ぜひお楽しみください!

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 さて、今回はちょっと普段と趣向は違いますが「ONE FOUR KENGO THE MOVIE~憲剛とフロンターレ 偶然を必然に変えた、18年の物語」を観てきました。今のところ川崎市(上映期間11/12~12/2)、そして東日本大震災をきっかけにクラブとの交流が続く陸前高田市(12/11)でしか上映されない、地元密着な作品です。

 川崎への小旅行気分で映画館に立ち寄ったフロンターレのサポーターでもない私でしたが、序盤で既に号泣していたのは内緒です(言うまでもないですが、サポーターさんも号泣していました)。

 川崎サポーターとの絆、そして引退……。事実は小説より奇なり、という言葉があるようにドキュメンタリー作品は涙腺にクリーンヒットしてくるので苦手です。さて、私が延々と映画の個人的な感想を続けるのも芸がないと思うので(そこはサポーターの皆様にお任せして)、少し別の角度からこの映画とその主人公についての話を続けていきましょう。

中村憲剛
@kengo19801031
昨日12月2日をもちまして、映画
「ONE FOUR KENGO THE MOVIE」
公開終了となりました。

本当に多くの方に映画館に足を運んでもらい、観ていただき、多くの温かい感想をいただきました。

観てくださったみなさんには感謝しかありません。

本当に本当にありがとうございました‼︎

#OneFourKengo
2021/12/03 08:44
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 川崎フロンターレのレジェンド、中村憲剛。その生い立ちから映画はスタートします。今やクラブの顔となったバンディエラは、エリート街道を行くのではなく挫折を繰り返しながら青年時代を過ごしました。中学校で一度、クラブを辞めていたというのは驚きです。小柄で華奢なMFは大学サッカーで輝きを取り戻し、当落線上でプロのチームに加入します。大学でもエリートではなかった彼がチャンスを与えられた場所が、川崎フロンターレでした。

 元々は攻撃的なMFだった中村選手は徐々にボランチにポジションを下げ、その正確なキックを武器に攻撃の起点として機能するようになります。オフェンシブハーフとしてプレーしていた経験に支えられたスペースをイメージする感覚と、ストライカーとしてボールを引き出すジュニーニョとの出会いが、そのプレースタイルの確立を助けました。

 彼の強みは視野の広さというよりも視野の深さと認知スピードであり、左右に散らすよりもFWを走らせるパスを狙うガンマンのようなプレーが、最大の武器となっていたことを個人的にも覚えています。

 ここでオシムが彼を「世界中のチームが欲しがるゲームメイカー。走れて、責任感もある」というように表現します。しかし、この責任感は中村選手にとって成長を支えた一方、鎖になってしまったようにも感じられました。特に日本代表では、遠藤保仁選手がレギュラーとして活躍。中村選手は自分が攻撃の責任を担うというイメージから、代表でも難しいコースを狙ってしまう癖があったように思えます。そのことが、圧倒的なセンスを持ちながらも代表では苦しんだ理由の1つだったのかもしれません。

 映画を観ていて感じたのは、中村選手がどちらかといえば本来は寡黙な性格で、役割をもし与えられていればバルセロナのシャビのように「徹底してシンプルなパスを繋ぐ名手」になっていたであろう、ということでした。しかし、川崎のチーム事情から彼は攻撃的なボランチとしての境地を切り拓いていきます。

 川崎は地域密着を重要視するクラブです(実際にJリーグの実施する観戦者調査では10年連続「地域に大きな貢献をしている」クラブ第1位という評価を得ています)。中村選手は多くのサポーターからの期待を背負い、やがてチームの象徴になっていきます。チームの主将として、メイン選手としてサポーターとコミュニケーションを取っていく意識が、中村選手のパーソナリティを作っていったのだと感じました。明るくユーモアのある姿も、ある意味では責任感に突き動かされていたのではないでしょうか。

 チームが勝てないことに対する責任感は中村選手を縛り、「プレースタイルにも影響を与えた」というのが私の仮説です。サポーターとの距離が近づけば近づくほど、そのプレッシャーも強まっていったはずです。

 しかし、それはネガティブなことだけではありませんでした。他のメンバーが徐々に、中村選手が抱えてきた責任感を共有するようになったからです。途中で谷口彰悟選手や小林悠選手がコメントしていたように、若い選手たちが中村選手の背中を見ることで責任感の重要性に気付くようになったのです。

 そして風間監督が気を遣ってしまう中村選手の責任感を軽減し、鬼木監督もチーム全体で責任を背負わせる方向に導いたことで、中村選手はプレースタイルを微調整しながら活躍を続けることになります。だからこそ、彼はベテランになってもチームの主軸としてのプレーが可能だったのかもしれません、

 地域密着、というのはスポーツクラブにとって重要な理念です。Jリーグにおいても、「Jクラブはホームタウンにおいて、地域社会と一体となったクラブ作り(社会貢献活動を含む)を行い、サッカーをはじめとするスポーツの普及および振興に努めなければならない」(Jリーグ規約第24条第2項)と明記されています。しかし、地域密着「だけ」ではおそらくサッカーは強くなりません。

 ここで川崎フロンターレの躍進の鍵となったのは、地域との心情的な繋がりを「プレーの責任感」に転換するアプローチです。そして、それを継続して伝えてきたのが中村選手でした。他の選手たちは中村選手と過ごすことで、地域密着と責任感の2つの重要性を実感し「自然にその2つをリンクさせる」ことができるようになっていったのです。

 「誰よりもテクニックがある憲剛さんがやっているので、僕らもやらなきゃと思う」という選手のコメントがあったのですが、本当は逆なのかもしれません。中村憲剛という選手は、地域のサポーターと繋がっているからこそ「選手として超一流になった」。それが私の1つの仮説です。

 これはとても面白いケーススタディであり、ヨーロッパでも多くのサッカークラブがサポーターの価値観を重要視しています。

 川崎フロンターレというクラブは徹底して選手が地域に寄り添う文化を作り上げることで、地域の価値観を醸成していきました。これはある意味でヨーロッパのようなサッカー文化が存在しない日本だからこそ、発生したあり方かもしれません。

 

 そして結果的に、シルバーコレクターと言われた川崎フロンターレに黄金期が訪れつつあります。映画の中で大島僚太選手がコメントしたように中村選手の引退は、フロンターレに残る選手たちの責任感と覚悟を強め、結果的にそれがチームとしての力も高める1つの要因になりました。この責任感という概念は一見すると「精神論」に見えるのですが、必ずしもそうではありません。マンチェスター・シティを率いるグアルディオラが選手たちにクラブの裏方への挨拶を怠らないことを教えるように、習慣や日々の積み重ねといった小さなことからクラブの文化が作られていきます。

 ゲームモデルという考え方がサッカー界で流行するようになりましたが、私は最近ゲームモデルだけでは不十分だと考えています。クラブスタッフやサポーターまで含めた、クラブを取り巻く環境全体がゲームモデルを支えているのです。例えばラングニックは、若い選手が購入する車の種類を年齢で決めています。彼は若いうちから高級車に乗ることを禁じ、選手のハングリー精神を刺激していくのです。加えて「満足は成長を止める」というのがライプツィヒではキーワードのように扱われていたようです。そういった観点で考えると、川崎が日本らしくポジショナルプレーを解釈することに成功している理由は、その文化の中にあるのではないでしょうか。

 単にパスを渡して責任を人に押しつけるのではなく、自らが責任を持ってプレーを選ぶこと。中村選手が大島選手にチャレンジを求めたように、1つ1つの姿勢がチームの文化となり、そしてその文化がクラブのゲームモデルを支えていくのです。

 ポジショナルプレーにおける「4つ目の優位性」にチームメイトとの連携がありますが、小林選手と中村選手の「阿吽の呼吸」はまさにその優位性だったと感じました。また、試行錯誤しながら答えを探す姿勢が川崎フロンターレの選手たちを成長させていきます。これもクラブのスタッフが追い求める理想であり、サポーターを楽しませようという姿勢とも関連しています。

 なぜ川崎フロンターレが成功したのか、という答え。その重要なヒントが、中村選手のキャリアを凝縮したこの映画には隠れているような気がしました。天才MFはチームの象徴となり、そして周りの成長を見届けて去っていきました。個人的には違ったプレースタイルで活躍する中村選手も見てみたかった気持ちはありますが、川崎フロンターレというクラブと中村選手の組み合わせこそ最高の関係だったのは間違いありません。

 あるサッカークラブが青年を大人へと変え、そして欠かせないキャプテンへと成長させていく実話は、サッカーを愛するすべての人にお勧めしたいものでした。

 攻撃の中核、サポーターの期待、クラブの文化、背番号14、責任感、そして川崎フロンターレというクラブ。中村憲剛選手がこれまで背負ってきたものに思いを馳せながら、そして氏の今後の活躍を楽しみに、筆を置かせていただきます。

文:結城康平(@yuukikouhei

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