マッチレビュー FAカップ 決勝 チェルシー vs リバプール

世界最古のカップ戦として知られる、FAカップ。その決勝で激突したのは、2人のドイツ人監督ーー燃える魂でチームを鼓舞するクロップと、冷静沈着に策を練るトゥヘル。聖地ウェンブリーで繰り広げられた戦いを、結城康平(@yuukikouhei)が分析します。
ディ アハト編集部 2022.05.21
誰でも

こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第65回は、5月14日(土)に行われたFAカップ決勝戦のマッチレビューをお届けします。ぜひお楽しみください!

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 2人のドイツ人指揮官は、ペップ・グアルディオラの宿敵として知られている。1人はラルフ・ラングニックも溺愛するハイプレスの担い手として、ドイツを席巻してきたユルゲン・クロップ。相手陣内であっても積極的なボール狩りを厭わない彼のチームは、今季奇跡の4冠(FAカップ・カラバオカップ・プレミアリーグ・チャンピオンズリーグ)を狙っている。

 プレミアリーグの首位を走るマンチェスター・シティをウエストハムが苦しめたことで、リーグ優勝の確立は4.9パーセントから13.9パーセントに上昇。サッカーの確率を算出するInfogolによれば、4冠の可能性は9パーセントだという(5/16時点)。

 彼らを支える熱狂的なサポーターは神に祈り、チームを奮い立たせるだろう。かつてバルセロナ相手に大逆転劇を演じたことを考えれば、9パーセントは決して低い可能性ではない。

InfogolJake ⚽️📊
@JAKEOZZ
An update on Liverpool's quadruple chances according to @InfogolApp probabilities...

After this weekend, chances up from 3% to nearly 9% for the lot, with PL up to 13.9% from 4.9%!
2022/05/16 17:20
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 一方、ディファレンシャル・トレーニングの使い手として知られるトマス・トゥヘルは強豪チェルシーをリーグ3位に定着させ、シティとリバプールを追うポジションで虎視眈々とそのチャンスを待っている。一発勝負への強さはトゥヘルの特徴でもあり、リバプールやシティと比べると「変幻自在」といえるチームが相手を苦しめる。

◇ルイス・ディアスの襲来

 新加入のコロンビア代表ルイス・ディアスは、近年のリバプールを支えた無敵の3トップに融合した。この男の凄みは、サラーやマネを彷彿させる爆発的なスプリントと推進力だろう。

 彼とディエゴ・ジョッタの存在は、代替が不可能だと思われていた3本の矢を「補強する」ことになる。そして、ディアスは「サディオ・マネを中央のポジションに置く」というオプションをクロップに与えることになる。

 フィルミーノやジョッタよりも狭いスペースのキープ力に優れるマネの存在は、チアゴ・アルカンタラやアレクサンダー・アーノルドの狭いスペースへの縦パスを最大限に活かし、プレッシングの先鋭としても恐ろしい速度でセンターバックを嫌がらせる。実際に、マネとナビ・ケイタが中央付近のレーンに存在することで、チェルシーは序盤に主導権を完全に失う。

 試合開始後、いきなり3分30秒~、チャンスの起点となったのはマネのハイプレスだ。マネがチャロバーからのバックパスを二度追いすることで、メンディーの中途半端なキックを誘発。サラーがシンプルにインサイドへはたいた後、下がりながら起点になったマネがディアスに預けた。そして、そこからディアスはチャロバーにスピード勝負を挑む。チアゴ・アルカンタラがエリア内でチアゴ・シウバを足止めし、そのままシュートに合わせるプレーを狙うもギリギリで触れず。

 ここで厄介なのは、下がりながらマネが起点になることで、ディアスを高いポジションで勝負させたことだ。マネは、センターバックの足止めと起点という2つの役割を任され、後輩であるディアスの突破を演出していく。

 6分50秒~の場面では、右サイドバックのロバートソンがドリブルをスタートし、強くなってしまったタッチを自らスライディングでフォロー。そして、ハーフスペースに下がったマネがボールを受ける。チャロバーをディアスがピン止めしているので、そのままマネは前を向いてプレー。チアゴ・シウバをマネが誘い、ボールを預けたディアスがチャロバー相手に突破してから折り返しを狙う。

 7分50秒~には、アリソンのキックを中盤で繋ぎながら、中央でフリーになったマネを囮にアーノルドからアウトフロントでのスルーパス。ディアスがスペースに走りボールを受けて、メンディーとの1vs1になるが、そのシュートは外れる。

 12分~、チアゴ・アルカンタラからケイタへとボールを渡すと、またもフリーで中央のゾーンで待っていたマネ。チアゴ・シウバから離れた距離でボールを受け、そこからディアスを走らせるスルーパス。ここもパスを受けたディアスがシュートを狙うが、チェルシーがブロック。

 このように序盤に4本のチャンスを作ったリバプールは、徹底してディアスの走力でチャロバーのサイドを攻撃。チアゴ・シウバのカバーを妨害する工夫を加え、まだまだ元気な選手で効率的にゲームを終わらせようとしたのだろう。

 実際、この4本の崩しはどれもハイレベルだった。チェルシーでなければ、このプレッシングとディアスの突破を組み合わせた暴風雨のような波状攻撃に、耐えられなかったかもしれない。狭い角度からのシュートを抑える技術と反応スピードに優れた守護神メンディーは、リバプールにとって高い壁となった。

◇チェルシーの反撃と、リバプールの第二形態

 守備の要としてリバプールの波状攻撃を耐えたチアゴ・シウバは、間違いなくこのゲームで鍵となったセンターバックだった。16分~、チェルシーの反撃。チアゴ・シウバからウイングバックに浮き球を合わせてプレスを回避し、最後は中央へのクロスボール。ルカクが自分のエリアを守ろうとするプレーでセンターバックの動きを止め、ボールが流れたところでプリシッチにシュートの機会が生まれる。このチアゴ・シウバのサイドへの浮き球はスピード、精度を兼ね備えており、エデルソンやアリソンのキックと同じく「プレス回避」のスイッチとして機能していた。

 冷静な判断とパススキルで、中央のセンターバックという要職を任されたチアゴ・シウバがビルドアップをサポートしたことで、チェルシーは荒れ狂うリバプールのプレッシングという海を航海していく。GKのメンディーはビルドアップがそこまで得意ではなく、両センターハーフもリバプールのMFに監視されていたので、直接WBに浮き球を狙うアプローチが効果的だったのだ。

 21分50秒~の場面では、チアゴ・シウバが華麗なプレス回避でマネを弄ぶ。バックパスを誤認させるフェイクでマネを外し、正確なロングボール。左サイドで中途半端に処理されたところをマウントが持ち運び、内側にカットインしたプリシッチが飛び込んで惜しい場面を迎える。マウントは瞬間的にフリーになってはいたが、入る角度が難しかったのでマルコス・アロンソへのスルーパスという選択肢もあったはずだ。

 53分50秒~の場面でも、チアゴ・シウバは同じようにバックパスを餌にマネのプレッシングを回避している。プレスを浴びることを嫌うメンディーへのバックパスを餌にすることで、マネを誘いながら回避する動きは「トップレベルで活躍し続けた経験」を感じさせるものだった。世界最高のセンターバックとして知られた男は、37歳になっても衰えない駆け引きでリバプールのプレッシングを惑わしていた。

 リバプールはナビ・ケイタとチアゴ・アルカンタラがダブルボランチのところまでプレッシングを強めるので、サイドへのカバーが難しい。チェルシーはギリギリまでプレッシングを両サイドのセンターバックで誘うと、チアゴ・シウバからの浮き球でウイングバックへ展開する。こうなると、両サイドのウイングが2人のセンターバックを監視していることで「数的優位」が生じる。特に、チェルシーが反撃として狙ってきたのが、右サイドだ。リース・ジェームズがボールを受けながら、マウントがインサイドとアウトサイドでロバートソンを牽制していく。

 ディアスを中心に攻めている右サイドは前傾姿勢になりやすく、そこをカウンターで使われると、リトリートが間に合わない局面が多い。チアゴ・アルカンタラとロバートソンが前のプレッシングに誘い出され、その背後でマウントがボールを受ける流れになればカバーするのはヘンダーソン。中央の番人をバイタルエリアから遠ざけ、その周辺からプリシッチが中央でボールを運ぶことで、ショートカウンターが成立していた。

 この試合でリバプールが危ない場面を作られたのが、左にヴァン・ダイクがスライドする局面だ。守備の要になる男がサイドに寄る場面では、ルカクをコナテが担当。そして、アーノルドがプリシッチとマルコス・アロンソの2人を見なければならない場面を作られてしまった。難しい役割が続いたアーノルドも大崩れせずに対応はしたが、エリア内で惜しい場面を作ったプリシッチやアロンソのフリーランには苦しむことになる。特に、アロンソはFW顔負けのボレーシュートを狙うなど、そのエリア内での嗅覚でリバプールのゴールを脅かした。26分50秒~のシーンでは、アロンソが完全にフリーになってしまっている。

 徐々にプレッシングの勢いを弱めたリバプールに対し、チェルシーは逆サイドへの浮き球でもチャンスを創出していく。33分50秒~の場面では、サラーから交代したジョタがセンターバックに寄せたことで、アロンソがフリーに。そのアロンソから逆サイドのマウントにボールが渡る。マウントは前を向いて仕掛け、最後はプリシッチがシュートを狙う。

 チェルシーの反撃を浴びながらも、リバプールは攻撃的な第二形態へと移行していく。前半25分~、チアゴ・アルカンタラとヘンダーソンが横並びでビルドアップ。アーノルドは偽サイドバックのポジションからハーフスペースの1列前にも進出し、代わりにケイタが右サイドに流れていく可変システムでチェルシーを惑わそうとした。センターフォワードのマネも下がってくるシステムは、「流動性」を重視したアプローチだった。まるでペップ・グアルディオラのチームにおけるカンセロのように、アーノルドが崩しのパスを狙っていく。

 リバプールの第二形態はアーノルドとチアゴ・アルカンタラという、2枚の「縦パスを刺せるパサー」が動きながらボールを受け、ビルドアップにスパイスを加えていくシステムだった。これはチェルシーにとって対策が難しいものだったが、一方で弊害もあった。アルカンタラやアーノルドは狭いスペースでも針の穴を通すようなボールを狙っており、マネへの楔が増加していく。ただ、2人が狙うボールは「ハイリスク・ハイリターン」となっており、チェルシーは密集地でボールを奪うことに成功する。そこからカウンターを浴びる場面も少なくなかったことを考えると、リスク管理の部分には改善の余地がありそうだ。

 流動性は、攻撃の局面では相手の守備組織に対する難問を提示するが、守備でのスペース管理を難しくするという弊害もあった。前述したように、プリシッチはバイタルエリアでボールを受けようとしており、ヘンダーソンが動けばスペースが使いやすくなる。また、アーノルドは攻撃でポジションチェンジを繰り返しており、本来は対面することが多いアロンソのオーバーラップを抑えるのが困難になっていた。ケイタとチアゴ・アルカンタラがポジションを移動したことで、序盤はタイトにマークしていたジョルジーニョとコバチッチもボールに触れるようになっていく。特に前半35分を過ぎた頃から、ジョルジーニョが前向きでボールを持てる局面が増えていた。

◇ゲームを膠着させたトゥヘルの一手

 お互いにチャンスを作りながらも、試合はスコアレスで進むことになる。延長戦でもリバプールの攻撃陣を抑えたチェルシーにとって、前半終了時の打ち手こそが鍵だった。

 それは、リース・ジェームズを1列下げ、4バックに近いフォーメーションへ移行したことだ。これによってリースがルイス・ディアスをマークする機会が増える。リースはフィジカルとスピードを兼ね備え、簡単に縦には突破させない。膠着することが多くなったからこそ、ディアスもプレーを変化させている。前半は縦への突破が多かったディアスだったが、後半はマークを迷わせるように中央に入るプレーを増やしたのだ。

 70分ごろからは、リースがセンターバックに近いポジションでディアスを追いかけ、74分には逆サイドをカバーリングするプレーでリバプールを封じた。

 また、アロンソのポジションを実質「サイドハーフ」にしたことも大きかった。偽サイドバックとしてプレーするアーノルドとしては、気づかないくらい少しずつ「アロンソのスタートポジション」が高くなっていく。リースの攻撃参加は減ったが、それでもアロンソは最後までチェルシーの攻撃において重要なカードとして機能していた。ポストに直撃したフリーキックも惜しかったが、その攻撃力はトゥヘルの戦術によって最適化されていた。この「派手ではないからこそ、相手もその対処が遅れる」調整こそが、トゥヘルの真骨頂だ。

 前線に起用されたロメル・ルカクはマークされた選手を足止めするようなプレーでは存在感を発揮しており、だからこそ逆サイドでアロンソやプリシッチがフリーになることが多かった。囮として献身的なプレーを続ければ、チームにとって欠かせない存在になるのではないだろうか。トゥヘルはセンターフォワードにオフ・ザ・ボールでの貢献を求めており、その要求を満たせるかがポイントになりそうだ。

 CL決勝でヴィニシウスを相手にする可能性が高いアーノルドだが、正確無比で鋭いキックでのチャンスメイクは無視することが難しいレベルになっている。レアル・マドリードとのゲームでも、今回と同じようにアーノルドを中央に動かすことでワイドアタッカーの守備負荷を高めるというのは、オプションになるかもしれない。

 互いにシーズン終盤で疲労困憊だったのは間違いないが、それでも懸命に結果を求めてプレーしていた。見応えのあるスコアレスドローは、両チームの進化を象徴していたといえよう。

文:結城康平(@yuukikouhei

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