リバプールFCは、守備における “暗黙のルール” を破っているのか?
こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第58回は、リバプールの「斬新な守備スタイルを統計データから考察した記事」をお届けします。
欧州フットボールの最先端では、データ分析こそが大きな武器になりつつあります。その発達に伴って、攻撃側のチームのシュートを打つ位置の解析が進んでいるのは周知の事実。一方、データ活用に定評のあるリバプールでは、「2年連続でミドルシュートのブロック数がリーグで最下位」という興味深いデータも出ています。このデータは何を示唆するのでしょうか?ぜひお楽しみください!
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※本記事は2022年3月にクリス・サマーセル氏によって作成された以下の記事をもとに翻訳・編集したものとなります。
はじめに、以下の局面を想像してみて欲しい。
「対戦相手の選手がファイナルサードに侵入し、ライン間でボールを受ける。まだボックスには入っていないがシュートモーションに入り、ミドルシュートを狙おうとする」
このような場面で、あなたは応援するチームの選手にどのような対応を期待するだろうか?恐らく、フットボールについて知っている人ならほぼ全員が、「相手との間合いを詰めてシュートコースに入り、シュートブロックを狙うべきだ」ということで意見が一致するのではないだろうか。
ゲームモデルやチームのスタイルなどには関係なく、ゴールからの距離が遠くても「相手がシュートを打とうとした場合、出来る限りそれを阻んだ方がいい」というのはフットボールにおける鉄則だった。
しかし最近、私は本当に相手のロングシュートをブロックすることが最適解なのかどうか、確信が持てなくなり始めている。
◇xG分析の発達による「シュートの変化」と「変化しない守備」
最近のサッカー界におけるxG(ゴール期待値)の知識の浸透は目覚ましく、より得点可能性の高いシュートポジションをチームや選手は選択するようになった。だが、このような変化があった一方で、今の所それに対する守備の方法はというと、そこまで劇的な変化を見せていないのが現状だ。
Fewer shots per 90, but players are more likely to work the ball closer to goal now than 10 years ago.
Full piece for @TheAthleticUK here: theathletic.com/3145563/2022/0…
(10年前と比べると、プレミアリーグにおける平均シュート位置が「約2.5mゴールに近づいている」という、The Athleticによる分析記事)
論理的に考えてみると「もし自分のチームが攻撃する際に、よりゴールに近く得点可能性が高い位置からのシュートを志向する」のであれば、逆に「相手がゴールから離れた、得点可能性が低い位置からシュートを打ってくれるのであれば、それを許容すべきなのではないか」という意見には一理あるように思われる。もし相手がミスを犯しているのであれば、わざわざそれを止める必要はないのと同じだ。
だが、私の指導者としての直感は、本当にそうだろうか?とも語りかけてくる。相手のシュートとゴールの相手に入ってブロックせよ、というのはいまだかつて疑問が呈されたことのない暗黙の法則だったからだ。もしこの法則を無視するような指導を行えば、コーチングライセンスを得ることは難しい。
◇インテル戦のファン・ダイクの守備対応
私がこのようなジレンマを感じるきっかけとなったのは、チャンピオンズリーグにおけるリバプール対インテルの一戦だった。
この試合で、インテルのラウタロ・マルティネスがまさに記事冒頭のような形でライン間でボールを受け、名手アリソンを破ってミドルシュートを決めたのだ。
確かに、このゴールは強烈で素晴らしいシュートだったが、ファン・ダイクの対応は非常に奇妙に見えた。
彼は、ラウタロ・マルティネスがボールを受けてシュートモーションに入った際に、彼に向かって寄って行くのではなく、「むしろただ立ったままで彼にシュートを打たせるような素振り」を見せたのだ。
もちろん、異なるチームや異なる選手であれば、単に守備のミスで失点してしまったのだと私は気にしなかったことだろう。だが、リバプールはデータ活用については先進的なチームであり、ファンダイクは世界最高のセンターバックの1人だ。
このシーンを見てから、私は前述の「ロングシュートはそもそもブロックすべきなのか?」という根本的な疑問について考えるようになり、より詳しく調べてみることにした。これが、リバプールが意図的に行っている戦術なのかどうかを知りたかったからだ。
◇今までと異なるアプローチを選ぶ、リバプール
本当の所を言うと、この時点で「リバプールが意図的にミドルシュートをブロックしないという戦略をとっており、実際に功を奏している」と断言できればよかったのだが、実際はジョエル・マティプが出した足に当たってノリッジが得点を挙げたケースなどもあり、そこまで単純ではなかった。
シティ vs リバプールでも、マティプに当たってミドルシュートのコースが変わってしまっている。
しかし、逆にいくつか明確に見えてきたこともあった。以下に挙げていこう。
①リバプールがミドルシュートを打つ選手にプレッシャーをかける際は、主にMFが行う。このため、プレッシャーをかけるのは横から、あるいはシューターの後ろからが多い。
②一方で、リバプールのDFは相手のシュートに対してあまりアクティブに対応しない。守備ラインを乱してまで対応に飛び出して行ったり、シュートブロックに行くことは稀だ。
(言われてみれば、シティ戦の失点でもマティプはアクティブなブロックではなく「待つ」ことを選択しているように見える)
③リバプールの守備陣の選手、特にファン・ダイクは相手がシュートを打とうとした際に、身体をかがめ、腕と足を体に収めて出来るだけ体を小さくしようとするようなプレーを見せることが多い。
④何回か、明らかにリバプールのDFが相手のシュートを避けようとする場面も見られた。
⑤リバプールの選手が走ってシュートブロックに飛びだしていくことはほとんどない。
ただし、これだけでは明確な結論を下すことは難しいので、さらに異なるデータを調べてみることにした。
まず、私はプレミアリーグの各チームの対戦相手が「FKを除いて何本ボックス外からのシュートを放ったか」をカウント。さらに、そのうち幾つをリバプールがブロックしたかを見てみた。
その結果は、恐らくリバプールが意図的に何かに挑戦しているのだろうと結論付けるのに十分なものだった。
ボックス外のシュートブロック率は、プレミアリーグで2番目に低いブレントフォードの26%と比べ、リバプールは15%と圧倒的に低い
リバプールのボックス外のシュートブロック率は、リーグで断トツに低い。一方、シュートブロック率が最も高いのはバーンリーだった。
だが、シーズンを通してみてもシュートブロックの数というのはそこまで膨大ではないので、「サンプル数が少ないことによる誤差」という可能性も考えられる。そこで、今季だけではなく20/21シーズンのデータも調査してみた。
昨シーズンも、ボックス外からのシュートブロック率が最も低いのはリバプールだった
20/21シーズンは今季ほど2位との差は大きくなかったが、それでも「リバプールはボックス外からのシュートブロック率が最も低いチーム」だった。
2位のトッテナムとそこまではっきりした差がなかったのは、リバプールの守備陣にケガ人が続発していたこともあるだろう。特に、明らかにシュートブロックを避ける傾向にあるファン・ダイクが離脱していたことも考慮するべき点だと考えられる。
そして、19/20シーズンもリバプールのシュートブロック率は24.5%。これも、非常に低い水準だった。
私は統計データから何かを結論づけることには慎重なタイプだが、ここまでデータが示していることを総合的に判断すると、「ボックス外からのシュートへのブロックに消極的であることは、リバプールが意図的に採用しているアプローチである」可能性が高いように思われる。
◇何故リバプールは、ミドルシュートをブロックしないのか?
次に疑問となるのは、もしリバプールが意図的にチームでミドルシュートをブロックしていないと仮定すれば、「なぜこのような方針を採用しているのだろうか?」という点だろう。言い換えれば、「リバプールはこのアプローチにどのようなメリットを見出しているのだろうか?」ということだ。
ただし、失点数から彼らの狙いを判断するのは非常に難しい。ミドルシュートが決まる回数は少ないためサンプル数が少なすぎるし、このアプローチは1シーズンの結果だけに基づいて決定されたものではないはずだからだ。とりあえず、現段階で考えられるものを挙げていこう。
(1)シュートブロックにより、失点リスクが高まる可能性がある
リバプールがボックス外からのシュートをブロックしないようにしているのだとすれば、恐らく第一に記事の最初で考察した通り、「シュート位置に関するデータ分析が進むにつれて、相手がより脅威となるエリアに進む可能性が高まるよりも、遠い位置からシュートさせた方がチームにとって得となる可能性がある」という理由が考えられる。
シュートブロックのためにDFが出ていくことになれば、当然その後ろのスペースは空いてしまう。相手はそこを活用して、「より得点に繋がる可能性が高い場面」を作ることも狙っている。そして、実際にシュートブロックに成功しても、そのボールがどこに転がるかは予測が難しい。体勢的にも、ブロックしたDFがセカンドボールを拾うことは困難だろう。
例えば、xGが0.1以下(統計的に、失点につながる可能性が10%以下)の位置からのシュートを防ごうとして裏にスペースを空けてしまい、失点可能性が上昇してしまった、というようなケースは多くある。
このような事態を避けるためには、「相手により危険なエリアにボールを運ばれるくらいであれば、相手のミドルシュートを積極的に防がず、むしろ打たせるように誘導したほうが良い」と考える人もいるだろう。
(2)GKのセービングをより容易にする
また、ミドルシュートのブロックを考えていく時にもう1つ興味深いのは、「直接フリーキック時に、GKとキッカーとの間に選手を配置し、相手のGKの視野を遮る」という戦略が珍しくない点だろう。
これにより相手GKは、フリーキックが蹴られる瞬間にボールが見えないため、反応するまでの時間が短くなる。
当然ながら、これと同じ理屈はオープンプレーでも当てはまるはずだ。もしかすると、リバプールは出来るだけアリソンの視界を遮ることをせず、彼にミドルシュートに反応する時間を与えることを狙っているのかもしれない。
アリソンがワールドクラスのGKであることは間違いないし、この戦略が、彼の素晴らしいシュートストップをより助けている可能性もある。
プレー単体では、シュートブロックは成功さえすれば良いプレーだということはできる。だが、1人、あるいは複数のDFが相手のシュートをブロックしようと向かっていくことで、味方GKの視界を遮ってしまう。すると、本来であればキャッチできるようなシュートがコーナーキックになったり、リバウンドからチャンスになってしまう、あるいは失点につながってしまうという現象も起きるだろう。実際、密集したエリアを抜けてくるようなシュートは反応が難しい。
リバプールがGKの視界を遮らないことを意識しているのであれば、彼らが相手選手のシュート時にプレッシャーをかける際に前からではなく横からや後ろからの場合が多いのは、これが理由かもしれない。
(3)予測とコントロール
サッカーの守備におけるコーチングの研修でよく言及されるキーワードの1つに、「相手のプレーを予測可能なものにする」というものがある。例えば、相手を危険なエリアから遠ざけ守備ブロックの手前でボールを回させることで、守備側が状況をコントロールすることができる。
だが、シュートブロックはこれとは真逆の発想だ。シュートブロック後のボールの軌道は全く予測できず、何が起こってもおかしくない。よって、シュートブロックに成功した後に訪れる可能性が高いのは、予測不可能なピッチ上のどこかで相手とのセカンドボールの奪い合いになる、という状況だ。
もちろん、これが味方のカウンターアタックに有利に働く可能性もあるが、ゴールの近くで、相手選手の目の前にボールが転がってしまうという最悪の事態が起こる可能性もある。
もしかすると、リバプールはこの予測不能性を、自陣のディフェンシブサードでは避けるべきリスクだと捉えているのかもしれない。逆に、シュートブロックの数を減らせば、統計的には相手のシュートはリバプール側のボールになることが多くなるわけだ。
もちろん、相手にスーパーゴールを決められてしまう可能性もあるが、ゴールが決まる確率よりも、シュートが観客席に飛んでいくあるいはアリソンの両手に収まる可能性の方が高い。そうなれば、より組織されたボール保持体制から攻撃に移ることができる。したがって、ミドルシュートへの対応は、シュートブロックを選ぶよりも相手に打たせる選択の方がより好ましいのかもしれない。
◇結論
最後にもう一度述べておく必要があると思うが、私はリバプールのコーチング現場を知っているわけではなく、彼らが意図的にミドルシュートのブロックを減らしているということを100%断言できるわけではない。
だが、数字を見る限り、シュートブロックという少々ニッチな守備ジャンルにおいて、「リバプールがこれまでのサッカーの常識とは異なるアプローチを試している」と信ずるに足る十分な証拠はあるように思える。
ここからリバプールがスマートな守備を行っていると結論付けたくなる気持ちもわかるが、今の所まだこれが有力なアプローチだと主張するつもりは私はない。ただ、今後も注目を続けるに値するエリアではあるだろう。
データ分析という観点で見ると、「どのようにすればサッカーにおけるシュートブロックの是非を証明できるか?」というのは興味深い問いだ。他方、コーチングという観点から見ると、「どのような状況でシュートをブロックすべき(あるいはしないべき)のか、そしてどのような形のブロックが効果的なのかを、選手に教えることは可能なのか?」という視点も必要になる。
これはフットボールファンの誰しもにとってエキサイティングな問いである、ということはないだろう。だが、リバプールは既に「非常に細かなエリアにおいて対戦相手を一歩リードする」ことの価値を示しているのかもしれない。
文:クリス・サマーセル(@ChrisSummersell)
イギリス出身のUEFA Bライセンス保持コーチ。Scouted Footballなどにも寄稿し、現在はMRKT Insightsでコンサルタントを務める。
訳:山中拓磨(@gern3137)
ディ アハト第58回「リバプールFCは、守備における “暗黙のルール” を破っているのか?」、お楽しみいただけましたか?
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