マネーボールとバーンズリーFC~激変するサッカーの地平線~

『マネーボール』の主人公、ビリー・ビーンをオーナーグループに擁し、他のヨーロッパのクラブとはまったく異なるスタイルの「スカイボール」を志向するバーンズリーFC。サッカーのデータ分析界で大きな注目を集めるジョン・ミュラー氏による分析です。
ディ アハト編集部 2021.08.07
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こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第11回は、他クラブと一線を画すバーンズリーFCのアプローチをデータ面から紐解いた記事をお届けします。ぜひお楽しみください!

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◇サッカー界の『マネーボール』

 過小評価されているタレントを発掘するにあたって重要なのは、他のクラブとまったく異なるやり方でサッカーをプレーすることだ。EFLチャンピオンシップ(英2部)でプレミアリーグ昇格をかけて戦っているバーンズリーFCは、他の多くのクラブとは違ったやり方でデータを活用しているようだ。

 もちろん実際に彼らが用いる分析プロセスの詳細まではわからない。わかっているのは、(恐らくご存じの方もいるだろう)ベストセラーになった書籍『マネーボール』で取り上げられた名GMであるビリー・ビーンが(筆頭株主ではないものの)バーンズリーの株主に名を連ねているということだ。

 マネーボールというのは、資金力に乏しいMLB球団オークランド・アスレチックスのGMに就任したビリー・ビーンがデータ分析を活用して過小評価されているタレントを発掘。より資金力のあるチームと競い合えるようなチームを作り上げていくというノンフィクションストーリーだ。そしてこのマネーボールの革新的だった点は、実は世間一般で思われているように選手を探すにあたってスタッツを活用したことではない。

 データ分析というのは常に野球の一部であり、そこまで目新しいものではなかった。では何故ビーンのチームが好成績を残せたのだろうか。それは彼が「野球が上手い」ということの意味、100年間当たり前と考えられてきた「どのような数字が試合の勝利に繋がるか」という前提を再考したからだ。同じデータに対して違う問いかけを行い、他のチームがクオリティが低いと評価した選手たちを起用して勝利を収めて見せたのだ。

◇バーンズリー・スカイボール

 マネーボールというのは最近一種の「バズワード」のようになっているので頻繁に目にする機会がある。しかし、本家のマネーボールと同じことを行っているクラブはほとんどいない。彼らは単に、パスやドリブル、ボールを受けシュートを打つのが上手い選手(サッカーが上手い選手といってもいい)をデータを用いて見つけ出しているだけだからだ。

 データを活用する目的は良い選手(この場合の良い選手の定義は上記のような伝統的な意味でのサッカーが上手い選手と変わらない)をより早く、安く、効率良く、さらに広いターゲット層から見つけ出すことだ。これらのデータ分析が上手くいけば、多くのスカウトがそれぞれのクラブが獲得すべきだと意見が一致するような選手を見つけ出すことができる。

 だが、バーンズリーは他のチームとは違う。彼らが本当にサッカーをプレーしていると言えるのかすら、議論の余地がある。以下の動画でクリス・ラッセルは、バーンズリーがプレイしている競技はむしろ「スライム・バレーボールという2000年代に学校のパソコン室で流行したゲームに似ている」と指摘している。

(訳注:スライム・バレーボールは、スライムを操作して相手のコートにボールを打ち返し落とした方が負けというシンプルなゲーム。)

 昨季バーンズリーがヴァレリアン・イスマエルを監督に据えて展開した代表的な戦術は、ラッセルが「バーンズリー・スカイボール」と呼ぶものだ。これはその名の通り、誰でもいいのでボールを持った選手ができるだけ前まで運び、相手選手に遭遇した時点でできる限り遠く、できる限り高くボールを打ち上げるというものである。サッカーのパスというよりもむしろ、重力に抗うかのように。

 バーンズリーがどのようにしてこのアプローチにたどり着いたのかは定かではない。だがバーンズリーのオーナーはベルギー、デンマーク、スイスとフランスのクラブのオーナーも兼ねており、自陣でボールを持つと「カオスを作り出して何かを行おうとする」というやり方は皆共通しているそうだ。

 バーンズリーの現地ファンはクラブのスタイルを「バーンズリーの町とその遺産を象徴している」と語ったそうだが、確かにイングランドには(大陸から来た複雑なパスサッカーにトライするのではなく)巨漢に向かってボールを打ち上げる、という伝統がある。

 ただしバーンズリーが行っている「ボールを相手陣に打ち上げて、カオスを作り出そうとする」手法が伝統的なイングランドのスタイルと異なるのは、バーンズリーがここで苛烈なプレスをかけボールを相手陣から出さないようにしているという点だ。

 守備をコンパクトに保ちながら相手を釣り出し、その裏を突くのにロングボールを活用する他のイングランドの下部リーグのチームとは対照的に、バーンズリーはロングボールと激しいプレスを併用し相手を低い位置にピン止めする。ここで少しでもボールのバウンドが乱れたりすればチャンスに繋がるわけだ。すなわちカオスさえあれば、複雑な戦術なくとも、プレミアリーグ昇格をかけて争えるという考えだ。ちなみにStatsBomb によれば、バーンズリーのプレス強度はマルセロ・ビエルサのリーズ・ユナイテッドFCに次いでリーグ2位だった。

 ハイプレスとダイレクトパスを用い予算を抑えてクラブの競争力を高めるという点で、RBライプツィヒに代表されるレッドブルグループを思い浮かべた方もいるかもしれない。事実、バーンズリーで監督を務めていたゲルハルト・ストルバーがニューヨーク・レッドブルズに引き抜かれたのは偶然ではない。

 スタイル面でさらにバーンズリーに近いのは、非常に限られた予算でFCバルセロナやレアル・マドリードで戦うことを強いられているスペイン勢のチームで、彼らもまたカオスを最大化するというアプローチをとっている。昨夏のヘタフェvsエイバルは両チーム平均のパス成功率がなんと53%しかなかったが、これこそバーンズリーのスタイルに最も近いものだといえる。

 この2チームとバーンズリーのスタッツを比較してみると、彼らがいかに際立って奇妙なのかがわかるだろう。Optaのデータによると、昨季ヘタフェは5大リーグのクラブで最も低い66%というパス成功率を記録しているが、バーンズリーのパス成功率はそれを下回る58%だ。エイバルは1試合当たりの空中戦回数56とリーグトップに立っているが、バーンズリーは66回だ。エイバルは1試合当たり平均で83本のロングボールを記録し、対戦相手も80本のロングボールを放っているが、バーンズリーは84本のロングボールを出し、なんと驚くべきことに彼らの対戦相手は102本ものロングボールにトライしている。

 これはイングランドの2部リーグだからというわけではない。対戦相手に3桁の本数のロングボールを出させるというのは、イングランド2部でロングボール回数2位のチームよりも24%と大差をつけ多い数字なのだ。バーンズリーは単に自分達がスカイボールをプレイするだけではなく、相手にも同じくスカイボールを行うことを強制するようなチームなのである。

◇フリーキックにおけるアプローチ

 バーンズリーのスタイルを語る上で最も分かりやすいのが、彼らのフリーキックへのアプローチだろう。私はペナルティエリアのすぐ外から、練りに練ったプランでボールを中に入れるやり方の話をしているわけではない。ハーフラインの遥か後方、相手ゴールから80ヤード(約73m)はあろうかという地点で、他のクラブであればショートパスを出してビルドアップを開始するような位置からのフリーキックの話なのだ。

 だがバーンズリーはそのようなビルドアップをしない。バーンズリーが自陣での相手のファウル、あるいはオフサイドからのフリーキックを得ると、前線に8人もの選手たちが上がっていく。4人がボックスに突撃して相手の最終ラインを引き延ばし、残り4人はその少し後ろに立ってセカンドボール回収、あるいはカウンタープレスをかける準備をする。

 これは相手にとって一番危険なエリアで、ここにロングボールを入れるのは相手選手をトラブルに陥らせる非常にシンプルながら素晴らしいやり方だ。これを見ていると、他のチームはフリーキックへのアプローチを間違えているのではないか?とすら感じてしまう。もちろん実際には、他のチームがこれを行わない理由は幾つかある。まず第一に、1人か2人の選手だけを自陣に残して、フリーキックのたびに前線に選手を送り込むというのは非常に危険な行為だからだ。

 だが、コーナーキックの時にはこのようなアプローチはどのチームも普通に行っていることだ。そこに大きな違いはあるだろうか?他のチームがこのようなプレイを行うのは通常アディショナルタイムに自分達がビハインドであるという状況だけだろう。これはリスクとリターンのバランスの面だけでなく、心理的な抵抗感という要因もあるように思える。

 さらに第二の理由として、単純に自陣からのフリーキックのたびにこのようなプレイを行うのはスマートではないように見えるからだ。私が先日このバーンズリーのフリーキックを画像付きでツイートした際、地域クラブのコーチ達から「U-12の選手たちにこのようなことを行わせるの恥ずかしい」と返信が来た。もちろん、若い選手の成長という意味では一理あるかもしれない。しかし彼らのU-12チームは、プレミアリーグへの昇格をかけて争っているわけではないだろう。

 バーンズリーがこのような一見非常に奇妙に見えるフリーキックを行うのは、恐らく彼らがサッカーにおける非常に重要な分析的観点から見た(哲学的とすらいえるかもしれない)真実にたどり着いたからではないかと思う。実際のところ、奪われたボールをすぐ奪い返せる位置に選手たちを配置できるのであれば、パスが成功するかどうかは大して重要ではないのだ。試合結果を決めるにあたって重要なのはどちらのゴールにボールが入るか、ただそれだけだ。

 そして、得点の可能性という意味で見ると、通常「ボールの位置と相手の守備の乱れ」の方が「どちらのチームの選手がボールを保持しているか」よりも重要なファクターなのだ。そしてボールがずっと高く打ち上げられ続けるのであれば、そもそもポゼッションも何もないのだから、このことは一層説得力を増す。

◇「ロングボールと押し潰し」戦術

 確率という観点でスポーツを考える人にとっては、バーンズリーのスタイルは非常に魅力的だ。既にバスケットボールの世界ではボールを打ち上げてターンオーバーを狙うという戦略は広まりつつあり、マイケル・ジョーダンのようなミドルレンジからのシュートを狙うスタイルから、スリーポイントシュートとレイアップを狙う(そしてファウルが非常に多い)という戦術的な変革が起き、今やNBAの誰もがこのようなプレーを行っている。この変革を主導したダリル・モリーの名をとって、マネーボールをもじったモリーボールという名前まであるのだ。

 これと同じ、「ロングボールと押し潰し」という戦略は理論上はサッカーでも機能しそうだ。だが今のところ、サッカーのトップリーグではバスケット界のモリーボールと同じ精度で機能させることに成功しているチームはない。

 ヘタフェはピークの時期にはラ・リーガで5位に入り、ヨーロッパリーグでもアヤックスを破ってベスト16入りするところまで行った。エイバルも似たアプローチで、クラブの規模の差を乗り越えこの数年1部リーグ残留に成功している。だがパンデミックの影響でスケジュールが過密になり、いつも通りのプレス強度を維持できずに結局この2チームは下位へと沈んでいってしまった。

 押し潰し(前線からの激しいプレス)は多くのチームが上手く機能させているが、ロングボールを機能させる上位チームはまれだ。恐らくこれは、ロングボールはハイプレスを保つのを容易にするのではなく、むしろ困難にする傾向にあるのが理由の1つだろう。現在マンチェスター・シティでアシスタントを務めるコーチであるフアンマ・リージョがかつて語った通り、「ボールを素早く前に運べば運ぶほど、素早く自陣にも返ってくる」のだ。

ヨーロッパ各チームが、ロングボールと押し潰しを試合でどの程度行うかの分布。近年のヘタフェやエイバルと同様、バーンズリーも一番右上の区画に位置することが予想できる

ヨーロッパ各チームが、ロングボールと押し潰しを試合でどの程度行うかの分布。近年のヘタフェやエイバルと同様、バーンズリーも一番右上の区画に位置することが予想できる

 ダリル・モリーはロングボールとハイプレス戦術は、バスケットボールだけでなく将来的にサッカーにも浸透するだろうと予測した。しかし、欧州トップレベルでこの両方を行えているチームは多くないのは前述の通りだ。また、 バーンズリーの分析にここまで注目が集まっているにも関わらず、クラブスタッフがバーンズリーの戦術はポゼッションバリューを最大化するためのものだ、などといったスタッツの話をしているのは聞いたことがない。恐らく彼らはシンプルな戦術理論に基づいて、電卓なしでもこの戦術を発達させることができただろう。

◇バーンズリーのマネーボール

 マネーボールのビリー・ビーンは、公式上バーンズリーに意見を言う立場にはないオーナーグループのパートナーということになっている。恐らく彼らは人々にビリー・ビーンがバーンズリーの裏側で計算を行っていると思われたくないのだろう。クラブ会長のチェン・リーはデータ活用に関して話す時には、あたかも通常のモダンクラブのようにスカウティングに用いているといった話をする。彼は「我々の求めるパスサッカーのスタイルに合う選手やコーチを見つけ出したい」と語るのだ。だが、バーンズリーの「パスサッカー」というのは、他のサッカークラブが思うパスサッカーの真逆に位置するものだ。

そして、これこそがマネーボールの魔法だ。

 もしクラブがパスの成功を、「実際にそのパスが通るかどうか」ではなく、「できるだけ相手のゴールに近づけ、そのエリアで危険を作り出したかどうか」という指標で測るのであれば、これに基づいて他のチームが求めているのとはまったく異なるクオリティを備えた選手を獲得することができる。

 ビーンの野球チームが他のチーム相手に優位に立つ上で役立った選手補強の方針は、速球や変化球を投げられたりホームランを打てるといったことではなく、フォアボールを誘発するというクオリティを優先することだった。それはバーンズリーにとって、空中戦の強さ、セカンドボール回収力、プレス、あるいは高く遠くにボールを打ち上げる能力かもしれない。これらの能力を備えた選手を補強するのは、素晴らしいパス能力を備えた選手を獲得するよりも安くつくだろう。

 バーンズリーのストライカー、ダリル・ダイクを例にとってみれば良い。彼はMLSではまったく特別な選手ではなかった。彼は大学ドラフトで入団した選手であり、そもそもここからトップレベルにたどり着く選手の割合は高くないのが実情だ。

得点数こそ悪くなかったが、1シーズンのゴール期待値(xG)はたったの4.3で、これでは多くのデータ分析を行うチームが低評価をつけるはずだ。チームへの貢献を測るASAのモデルによると、ダイクはパス、ドリブル、シュートなど守備と被ファウル以外のすべての指標で平均以下だった。ボール保持時のスキル、あるいはシュート機会を増やす選手を探すスカウティング部門は、スポーツダイレクターにダリル・ダイクは獲得しない方が良いとアドバイスしたに違いない。

 だが、彼はバーンズリーにとって素晴らしい選手なのだ。今のところ、彼の得点率はxGを大きく上回っているが長期的にはこれは継続できないだろう。いわゆる「サッカーが上手い」ことに関するすべての点で彼は優れているとはいえない。しかし、彼はボール保持時・非保持時を問わず走り回り、空中戦は強く、ボールを収めることもできる。183cmで100kgという体格を持ち、相手のDFを弾き飛ばす選手だ。

 彼はまさにスカイボールの手法をとる上で完璧なストライカーだが、その他の面で基準に達していないため、MLSからローンで獲得することができた。これこそがマネーボールなのだ。バーンズリーの勝ち方は綺麗ではないかもしれないが、安価だ。私個人の意見としては、彼らが見ていて楽しいサッカーをしているとは思わない。だが、彼らは勝つ。

 Transfermarktによると、バーンズリーのスカッドの市場価値はリーグ19位だが、リーグ5位クラスのパフォーマンスを見せている。もう少しスカイボールのバウンドがバーンズリーに有利に働き、ダイクがもう何点か決めていれば、彼らはプレミアリーグに居てもおかしくなかったといえるだろう。彼らが億万長者のパスサッカーを展開するマンチェスター・シティ相手に、カオスを武器にロングボールとハイプレスで戦うのはきっと非常に面白い光景に違いない。

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文:ジョン・ミュラー(@johnspacemuller)

訳:山中拓磨(@gern3137)

元記事:Barnsley is Doing Moneyball Right and It's Ruining Soccer ※閲覧には登録(無料)が必要になります

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ディ アハト第11回「マネーボールとバーンズリーFC~激変するサッカーの地平線~」、お楽しみいただけましたか?バーンズリーが所属するイングランド2部リーグは、いよいよ今週末に開幕です。ぜひ注目してみてくださいね!

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