「スペースを生み出す走り込み」の価値とその指標~フィルミーノを例に~

『サッカーマティクス』の著者であり、スウェーデン・ウプサラ大学の教授で応用数学を専門領域とするデイヴィッド・サンプター氏による、従来のスタッツでは現れない「ボール非保持時」のプレーの価値と計測方法についての記事です。
ディ アハト編集部 2021.07.03
誰でも

こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第3回は、データをもとに選手のオフ・ザ・ボールの動きの価値について分析した記事をお届けします。ぜひお楽しみください!

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 サッカー選手のスカウティングを行うにあたって最も重要なのは、彼らがどのようにしてチームのパフォーマンスに貢献しているかを測ることだ。

 この課題に対する有効な答えの1つが、その選手のプレーがチームの得点機会をどの程度増減させるかを測定するというものである。このアプローチに基づく指標は、選手がボールを持っている時のプレーに関しては上手く機能する。特にシュートについては顕著で、まさにそれはゴール期待値(xG)が測っているものだ。さらに、パスやインターセプト、ブロックといった守備アクションの価値も計測することができる。

 しかし、ピッチ上には常に22人の選手がいて、彼ら全員がチームのパフォーマンスに貢献しているはずだ。チームが良いプレーを見せるかどうかを決めるのは、ボールを保持している選手だけではない。攻撃時の走り込みや守備時のプレスなど、ピッチ上にいるすべての選手の動きが試合結果を決める。

◇ボール非保持時のフィルミーノの動き

 ボール保持時のアクションにのみ評価対象を絞ってしまう事の問題を象徴している選手が、リバプールのロベルト・フィルミーノだ。フィルミーノはよく実況や解説で「過小評価されている」と評されことがある。これは彼がモハメド・サラーほどは得点を決めないが、オフ・ザ・ボールの動きでチームメイトのために頻繁にスペースを作り出すためだ。

 この2人のボールを持った時のプレーに関するスタッツを、レーダーチャートで比較してみよう。

左がフィルミーノ、右がサラーのもの

左がフィルミーノ、右がサラーのもの

 フィルミーノのスタッツは悪くない。ファイナルサードにおけるパスの指標を見れば、ストライカーとしては上位10%に入る水準だ。だが、このスタッツではフィルミーノの最も重要な能力を評価できているとは言えない。

 フィルミーノのスキルを測るにあたって、まず1つの例を挙げよう。エヴァートン戦での走り込みだ。フィルミーノはボックスの端に向かって走り込んでおり、一緒に相手DFを引き連れている。だが、ワイナルドゥムはフィルミーノではなく中央にいたマネへのパスを選択した。しかし、以下のピッチコントロール・マップ(味方からのパスを受けられる可能性が高かいエリアを示した図、フィルミーノは★で示されている)を見ていただければわかる通り、フィルミーノは自身がパスを受けられる可能性のあるスペースの創出に成功していた。

ピッチコントロール・マップ。赤のエリアは(もしパスが出されれば)パスを受けられる可能性が高いことを示す青がリバプールの選手で青がエヴァートンの選手、それぞれの線は選手の動きを示し、黒い矢印はボールの動きを表している

ピッチコントロール・マップ。赤のエリアは(もしパスが出されれば)パスを受けられる可能性が高いことを示す青がリバプールの選手で青がエヴァートンの選手、それぞれの線は選手の動きを示し、黒い矢印はボールの動きを表している

 結果としてボールはペナルティアークの手前に出されたが、図中に青い線で示されているように、エヴァートンの選手3人がフィルミーノが走り込んだスペースに引きつけられている。つまり、彼は相手の守備陣をかき乱したわけだ。このような走り込みは何か特別なものというわけではなく、フィルミーノが一連のプレーの流れの中で行っている動きの良い例というだけだ。彼は常に、相手ゴールのボックス付近でスペースを作り出す方法を模索し見つけ出す。パスがフィルミーノに出る時もあるし、出ない時もある。ただし、ボールを受けるかどうかに関係なくフィルミーノはスペースへと走り込み、その動きは相手DFを攪乱しているのだ。

◇ボール非保持時の動きの価値指標

 このようなオフ・ザ・ボールの選手の動きの価値を測るには、イベントデータ(ゴール期待値やアシスト期待値、守備アクションなど、ボールに関わる一つひとつのアクションを集計したデータ)と、トラッキングデータ(トラッキングシステムによって得られる選手一人ひとりの時間ごとの座標位置や走行距離、スプリント回数などのデータ)の両方を用いるしかない。

 そこで我々は、それぞれのアクションが発生した時点で試合の画面を停止させ取得したイベントデータと、Skillcornerから提供されているボールの近くにいる選手全員のポジションと進行方向を示すトラッキングデータを組み合わせて活用する、という方法をとった。パスが出された時点の画像データと併せて、その時点における選手の動きを様々な方法で評価した。そして我々は、「作り出されたスペースの価値は、その場面において可能な範囲内で最高とされるパスの価値によって決まる」という結論に至った。

 「その場面において可能な範囲内で最高とされるパスの価値」を決めるために、まずピッチコントロール指標(上に示したピッチコントロール・マップの通り、パスを受け取れる可能性を表した指標)とピッチバリュー指標(パスが通った場合に得点に繋がる可能性を表した指標)を求め、この2つを掛け合わせた値が最大になる地点を見つけ出した。

訳注: 例えば、ピッチコントロール指標=0.1(味方に通る可能性は10%)だがピッチバリュー指標=0.8(通った場合の得点に繋がる可能性は80%)のパスAと、ピッチコントロール指標=0.7だが、ピッチバリュー指標=0.2のパスBがあった場合。
パスAは0.1×0.8=0.08、パスBは0.7×0.2=0.14となり、パスBの方が効率が良いパスであると言える。

 この方法により、各パスが出された場合ごとにパスの成功確率まで考慮した得点可能性の指標を算出することができる。これは、すべてのサッカーにおけるアクションの価値を測る指標と同じ原則に則っている。そして、この値をヒートマップ形式で示したのが下の図だ。

パス成功の確率×パスが成功した場合の得点の確率=そのパスが出された場合の得点の確率 を表した図

パス成功の確率×パスが成功した場合の得点の確率=そのパスが出された場合の得点の確率 を表した図

 この図を見れば、前述した場面における中央へのマネへのパスは、フィルミーノが切り開いたスペースへのパスと同じくらい得点の可能性を生み出した、という事が見て取れる。

 以下の図は、フィルミーノがスプリントからボールを受けた地点のマップだ。見ての通り、実際にフィルミーノが走り込み、彼にボールが通った場合はボックス内であるというケースがかなり多いことがわかる。

 我々は走り込みの価値を測定するため、この値を「ターゲットラン・バリュー」と名付けた。上の図のダイヤモンドの大きさが大きければ大きいほど、そのランの価値が高いことを示している。走り込みというのは、もしその先にパスが通った場合に得点可能性が生まれるだけではなく、結果的に他の場所にパスが出されたとしてもそのパスの成功率を高めたという意味で価値があるのだ。

 下の図は、フィルミーノが走り込みを見せた後でボールがどこに出されたかを示す。我々はこれをディスラプティブ(攪乱)ラン・バリューと呼んでいる。下の図で示されたパスはすべてフィルミーノ以外の選手に通ったものだが、フィルミーノがスペースを作り出すような走り込みを見せたタイミングで同時に発生したものだ。

 我々がストライカーを評価するために用いている指標はこれらに加えて更に2つある。1つ目は「ポテンシャルラン」。走り込んだ選手に向けてパスが出されたものの、そのパスを受けるのに失敗した場合の走り込みを示すものだ。これはプラスの要素とマイナスの要素両方を併せ持っており、ランでスペースを作り出したという点はプラスだが、パスを受けるのに失敗したという意味ではマイナスだ。2つ目は「スペース創出」。これは、もしボールを持っている選手が走り込んだ選手にパスを出していたら、どれだけのスペースが生み出されていたのかを測る指標だ。

 これらのような選手がボールを持ってない場合のプレーの価値を測る指標を、従来の攻撃面と守備面のスタッツに加えて評価することで、フィルミーノがどのような選手なのかをより公平に測ることができる。

左からフィルミーノの攻撃・守備・オフザボールのスタッツを表すレーダーチャート

左からフィルミーノの攻撃・守備・オフザボールのスタッツを表すレーダーチャート

 これで、フィルミーノが真に得意とするプレーがようやく見えてくる。フィルミーノは出場分数あたりで見ると、「ディスラプティブラン」と「スペース創出」でプレミアリーグ2位の数字を残している。

 サラーの数字も悪くはない(上位20%)が、オフ・ザ・ボールの指標に関してはフィルミーノには及ばない値だ。

◇リーグ内での比較

 さて、これでフィルミーノがなぜ優れた選手であるかを数字で表せるようになった。ではここで、彼をプレミアリーグの他の選手と比較してみよう。彼より優れた選手はいるのだろうか?以下のリストは、「ディスラプティブラン」の値で最も高い数字をたたき出した選手たちの一覧だ。

クリスティアン・プリシッチ(チェルシー)
ロベルト・フィルミーノ(リバプール)
ラヒーム・スターリング(マンチェスター・シティ)
ティモ・ヴェルナー(チェルシー)
フェラン・トーレス(マンチェスター・シティ)
エディンソン・カバーニ(マンチェスター・ユナイテッド)
サディオ・マネ(リバプール)
アレクサンダー・ミトロビッチ(フラム)
パトリック・バンフォード(リーズ・ユナイテッド)
フィル・フォデン(マンチェスター・シティ)
ドミニク・キャルバート=ルーウィン(エヴァ―トン)
モハメド・サラー(リバプール)

 トップに立ったのはクリスティアン・プリシッチだ。当然ながらより攻撃機会の多いチーム所属の選手は数字が高くなる傾向にあるので、その影響はあるだろう。だが、フラムのミトロビッチとリーズ・ユナイテッドのバンフォードが上位にランクインしているのは興味深い。バンフォードに関しては、運動量が多いチームのスタイルのおかげでリーズの選手は皆この値が高くなっているという事には留意する必要がある。もしどこかのチームが走り込みによってスペースを作り出してくれるようなFWを探しているのであれば、ミトロビッチは興味深い選手だ。ただし、ボールをその後どれだけの確率で受けられたか、という数値がミトロビッチは非常に低いのだが。

◇まとめ

 今回の記事は、イベントデータとSkillcornerのトラッキングデータを組み合わせた指標を紹介するシリーズの最初の記事となっている。この分析はイェルネイ・フリサルによってTwelve Footballを用いて行われた。我々はこのシリーズ記事を通して、従来のスタッツでは測定することが難しかったタイプの選手の価値を数値化することを目指している。

 次回はカンテを、そしてその後バーンリーのCBについて考察していきたいと思う。既に我々はこのアプローチをサッカークラブの戦術分析において用いてきたが、スカウティングに関しても用いることができるレベルにあると考えている。

 もし我々のスカウティングツールやランキングに興味を持った方がいたら、Twelveまで以下のリンクから連絡して欲しい。

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文: デイヴィッド・サンプター (@Soccermatics)
訳:山中拓磨(@gern3137) 

☆サンプター教授の著書『サッカーマティクス』

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