PK戦の心理学
こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第23回は、「PK戦に影響を及ぼす心理的要因についての研究」の翻訳記事をお届けします。ぜひお楽しみください!
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サッカーのPK戦には「プレッシャーのかかる状況で、いかにして良いパフォーマンスを発揮するか?」という問いに対する答えのエッセンスが詰まっている。
私はこの5年間で1970年代~2000年代のサッカーの主要大会(W杯・EURO・チャンピオンズリーグ)における全てのPK戦を分析し、10本の論文を発表してきた。実際にPK戦に参加した25人の選手にインタビューを実施し、トップレベルでプレーする15のチームでも仮設を検証した。そこからわかったのは、やはり「PK戦というのは、心理戦の要素が非常に強い」ということだ。
ヨルデット氏が発表したPK戦についての10の論文
◇PK戦における成功率に影響を与える要因
PK戦において、選手の「PK成功率に影響を与えると考えられる主な要因」としては以下のものが挙げられるだろう。
・「生理的要因」:試合による疲労など
・「技術的要因」:シュートスキルなど
・「経験的要因」:年齢など
・「心理的要素」:プレッシャーや勝利につながる度合いなど
「生理的要因」
1976年から2004年に行われた主要大会のデータによれば、延長戦も含めて91~120分プレーしている選手のPK成功率は、それ以下の出場時間の選手(1~30分、31~90分)の成功率よりも若干低くなっている。ただ、これらの時間ごとのグループ間に有意差は見られなかったため、「プレー時間の長さの違いが、PK成功に大きな影響を与えている」と断言することは現段階では難しそうだ。
「技術的要因」
また、シュート技術が必要とされる攻撃的なポジションほどPK成功率が高い傾向も示された。すなわちFW、MF、DFの順に成功率が高い傾向が見られる。しかしこちらも、グループ間に有意差は見られないという結果が出ており、「ポジションの違いがPK成功に大きな影響を与える要因である」と判断するのは難しい。
「経験的要因」
さらに、ベテラン選手よりも23歳以下の若手選手の方がPK成功率が高い傾向もデータが示している(したがって、今回のEURO決勝におけるガレス・サウスゲート監督の采配は必ずしも成功する見込みが薄かったわけではないといえるかもしれない)。しかし、こちらもまた、「18~22歳、23~28歳、29~35歳」それぞれのグループ間における有意差は無く、「年齢の違いが成功率に大きな影響を及ぼす要因である」と断定すべきではないだろう。
「心理的要因」
上記4つの要因の中で最も重要なのが、プレッシャーや勝利に直結するか否かといった「心理的要因」である。
下のグラフ1は、「PK戦の順番とPK成功率」を表したものである。蹴る順番が6~9番手のグループを基準にすると、4番手以外は有意に差があり、どれも成功率はより高い数値が出ている。すなわち、「より勝敗に直結するという意識が強まる終盤ほど、成功率は低くなる傾向にある」といえる。
特に注目すべきは、「1番手のキッカー群と6~9番手のキッカー群のPK成功率に最も大きな差があること」だろう。まだまだ結果がわからない1番手と、「サドンデス(突然死)方式」という凄まじい名で呼ばれるようにチームの勝敗を1人のキッカーが背負う状況となる6~9番手とでは、体感するプレッシャーの差が歴然であることをデータが示している。
グラフ1:PK成功率と各順番における多変量ロジスティック回帰分析の結果。オッズ比(OR)は、Ref.(6~9番手)グループと比較して、他のグループがPKを成功しやすいかどうかを表す。p値は、本論文(有意水準α=0.05)では0.05よりも小さい値なら有意に差があるといえる
◇様々な種類のプレッシャーの影響
「心理的要因」がPK成功率に与える影響が最も如実に現れているのが、「外せばチームの敗北が決まる」あるいは「決めればチームの勝利が決まる」という重要な局面でのPKだ。
1972~2006年に開催された主要大会のデータによれば、「決めればチームの勝利が決まる(Positive shots)」場合の成功率は「決めても外してもチームの勝敗に直結しない(Neutral shots)」場合よりも高まる傾向にあった。
また、下のグラフ2を見ると「PKを外すとチームが敗北する(Negative shots)」場面でPKを蹴るキッカーの成功率は約62%だ。その一方で、「決めればチームの勝利が決まる(Positive shots)」場合の成功率は約92%まで跳ね上がっており、2つのグループ間には有意に差があるという結果になっている。
グラフ2:PKの誘発性と成功率における単変量ロジスティック回帰分析の結果
また、1976~2006年の間に実施されたW杯とEUROのデータから、「チームの直近のPK戦での勝敗もPK成功率に大きな影響を与える」ことがわかった。しかも、実際にPKのキッカーを任される選手がその直近のPK戦があった試合に出場していなかった場合も、同様の傾向が見られた。
下のグラフ3を見ると、チームの直近のPK戦で2連勝以上を収めている場合は平均成功率が約89%と非常に高くなる一方で、直近のPK戦で所属チームが2連敗以上している場合の成功率は約57%まで下がってしまう。
チーム全体のPKの成績が、所属選手ひとり一人のPKのパフォーマンスに影響を及ぼしているということだろう。
グラフ3:過去のPK戦の結果とPK成功率
そして、チームの成績だけではなく「選手個人のステータス」もPK成功率に影響を与える。世界的なスーパースターは注目が集まる分、体感するプレッシャーも大きいのだ。
極限状態のPK戦という舞台で、スーパースターにはさらなるプレッシャーがかかることになる。なんと、バロンドールなどの主要な国際サッカー賞の受賞歴がある選手は受賞前のPK平均成功率は約89%とかなり高いにもかかわらず、受賞後の成功率は約65%にまで下がってしまう。
◇ゆったりとPKを蹴る選手が成功する
プレッシャーとPK成功率の関連性という点では、「審判の笛が吹かれてから慌てずにゆっくりと準備をし、PKを蹴ることができる選手」というのは、PK成功率も高い傾向にある。
グラフ4の左側によれば、3つの主要大会において「審判の笛が鳴ってから0.2秒以内にPKを蹴る選手の成功率は約57%」だが、「1.1秒以上かけて蹴る選手の成功率は約81%」だ。後者のゆったり蹴るグループは、前者のすぐに蹴るグループとの間に有意な差がみとめられた。
逆に、キッカーがコントロールできる要因ではないが、ボールをセットしてから審判が笛を吹くまでの待機時間が長いほどPK成功率の値は低くなる傾向にある(グラフ4の右側)。したがって、GKの目線で言うと「審判にすぐに笛を吹かせないようにする」というのは有効な戦略だといえるかもしれない。ただ、1.2~3.8のグループを除き0秒以下のグループとそれ以外のグループ間での有意な差は見られないという結果になっているので、待機時間の差が成功率にそれほどはっきり影響を与えているわけでもないようだ。
グラフ4:審判の笛が鳴ってから蹴る時間とPK成功率(左)、審判の笛が吹かれるまでの時間とPK成功率(右)
また、各国代表ごとに「審判が合図をしてからPKを蹴るのにどのくらい時間をかける余裕があるのか」という部分に明らかに差があるのも、興味深い点だ。
1976~2006年の間に実施されたW杯とEUROにおいて8カ国を対象にしたデータによれば、PKを蹴るまでの時間の中央値が最も短いのが0.28秒のイングランド代表だった。チェコ代表が1秒、フランス代表が0.94秒の時間をかけているのとは対照的な値だ。これは、イングランド代表の選手が常に重度のプレッシャーを感じていることの裏返しだと予測できるが、同時に彼らのPK成功率が低くなってしまう要因でもあるといえる。
グラフ5:国(チェコスロバキア/チェコ共和国(CZE)、フランス(FRA)、ドイツ(GER)、デンマーク(DEN)、イタリア(ITA)、オランダ(NED)、スペイン(SPA)、イングランド(ENG))と応答時間の中央値
◇不安をコントロールするには
2004年のEUROのPK戦でキッカーを務めた10人の選手にインタビューを実施したところ、1人の例外もなく、彼ら全員が経験したと答えた感情が「不安」であった。
選手が不安を感じるという回答が最もあったのは、PKの直前よりもセンターサークルからペナルティスポットに向かって歩いている時間で、この時すでに彼らはシュートのことを考え始めている。
多くの選手は(事実なのかどうかは別として)PK戦は「くじ」のようなもので決まるかどうかは運次第、と考えている。
実は心理学的に、自分自身が結果をコントロール出来ると感じられることは非常に重要であり、「PK戦の結果は自分ではどうにもできない、運次第だ」と考える選手の方がPK戦でより強い不安の感情を経験する可能性が高い。
また、PK自体は個人戦かもしれないが、PK戦はチーム戦だ。言葉を交わす、あるいはジェスチャーでチームメイト同士がコミュニケーションをとることは非常に重要だ。チームメイトのPK成功を派手にセレブレーションできるチームの方が、統計的に見てPK戦の勝率が高い。
◇まとめ
チームのPK戦の勝率を高めるためには、PKの成功率に影響を与える要因を把握したうえで、これらすべてに相対的にアプローチすることが必要となる。
これらの知識を具体的な対策に繋げることが重要で、すでに賢いチームは(公には宣言されていないかもしれないが)いろいろなPK戦対策を実行に移しているのだ。
文:ゲイル・ヨルデット(@GeirJordet)
訳:山中 拓磨(@gern3137)
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ディ アハト編集部
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