勝利の鍵は “PK前の数分間” 。~FAカップ決勝、クロップは何をしていたのか?~
こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第66回は、「PK戦前の監督の心理的アプローチについての分析」の翻訳記事をお届けします。ぜひお楽しみください!
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リバプールとチェルシーは、FAカップの決勝戦で神経を削るようなPK戦を繰り広げた。認知心理学の研究者として欧州全土にその名を轟かせるゲイル・ヨルデット氏はPK戦に挑む両指揮官のアプローチに着目。両指揮官が「PK戦の前の5分間」をどのように過ごしたか、という視点で彼らのコミュニケーションを分析している。
過去にも「PK戦の心理学」という記事でディ アハトに登場してくれたヨルデット氏。今回も一連の分析ツイートの翻訳許可をいただいたので、彼が着目した「PK戦における監督のコミュニケーションと心理学」について考えてみよう。
また、幸運なことにヨルデット氏が注目したPK戦の準備については、Youtubeにもアップロードされている。ぜひ、こちらも併せてご覧いただきながら、本記事を楽しんでもらいたい。
◇両指揮官のアクションは
まず、クロップは、延長戦終了からの60秒間で誰をPKキッカーにすべきかを迅速に決断している。彼はそれぞれのキッカーに指示を与え、トレードマークである熱烈なハグで選手を鼓舞しながら、一対一のコミュニケーションで指示を伝えている。ヨルデット氏はこのクロップのアプローチを「親密で、心理的な安全を確保するものであり、愛情に溢れている」と表現している。
このタイミングでもう1つ印象的なのは、リバプールは多くのスタッフがそれぞれ選手と会話するなど、コミュニケーションを取っていることだ。一方でチェルシーは、スタッフが多く集まってくるという感じではない。
At 1.50 min, Tuchel is still revising his notes, and eventually making his way into the huddle. 3/9
延長戦終了から1分30秒の時点で、クロップは円陣の中心でチームを鼓舞するスピーチをスタート。クロップの隣ではラインダースもチームを盛り上げており、情熱的にチームにメッセージを伝達する。15秒程度でリバプールの円陣は解かれているが、一方チェルシーでは、トゥヘルがメモを確認しながら1分50秒の時点で円陣をスタートしている。
ここでは、ヨルデット氏がコメントしていない「トゥヘルが何をしていたのか」という部分にも注目してみよう。トゥヘルは最初にメンディーと会話し、アロンソとも何かを確認している。アロンソから聞いたことをメモに記入しているように、トゥヘルはピッチ内でプレーする選手から「何かのヒント」を掴もうとしていたようだ。
トゥヘルは最初の1~2分で、PKキッカーの選択や順番に悩んでいたようだ。メモを書き直しながらギリギリまで調整を続けていたようだが、結果的にトゥヘルが円陣に入る前にリバプール側はすべてを終わらせている。チェルシーが円陣をスタートする前にリバプールは円陣を解いており、トゥヘルはこの段階でもまだ完全にプランを決められていない。選手たちと会話しながら、彼はプランを固めていった。
ヨルデット氏がトゥヘルと比較しているのは、2021年のユーロ決勝におけるギャレス・サウスゲイト(イングランド代表監督)の失敗だ。彼はトゥヘルと同様に、プランを決めていない状態で円陣をスタートしてしまった。このように監督の準備が整っていないことで、選手たちは最終決定を焦った状態で知らされることになる。それは強いストレスであり、選手たちは受動的になってしまいやすい。
円陣の中で、トゥヘルは選手たちに「チームメイトの前で」PKの指示を出している。この方法だとグループからのプレッシャーを感じやすく、選手は正直にコメントすることが難しい。ヨルデット氏はこのストレスが、結果的に選手に悪影響を与えた可能性についても指摘している。
◇リバプールの科学的アプローチ
トゥヘルが熱心に円陣を組んでいる間、クロップは監督としての仕事を終わらせリラックスした雰囲気を作っている。ヴァン・ダイクと笑顔で会話しており、チームにはポジティブなエネルギーが漲っている。
一方、コーチ陣はアリソンの周囲に4人が集結し、最後のアドバイスを与えている。ここで時間を無駄に使わないのも、リバプールの強さだろう。
リバプールは円陣を終了したことで、先行で自分たちのポジションを選択することに成功している。彼らはベンチ側に近く、監督やコーチからの指示が聞きやすい位置をキープした。チームとしての雰囲気を考えても、近くのエリアに立つことは重要だ。実際にクロップがダイクやエリオットなど「PKを蹴らない選手」とも笑顔でコミュニケーションをしていたように、彼はチーム全体の雰囲気を重視している。
PK中にはアリソンが毎回、次のキッカーに直接ボールを渡していたことも印象的だ。また、マネがシュートを外した後にはチームメイトがすぐに慰めており、雰囲気が悪化しないようにしている。PKを蹴った数秒後にはマネは、笑顔で味方とコミュニケーションしていた。
ヨルデット氏は、「ユルゲン・クロップのチームが武器にする強靭なメンタリティーは生来のものではなく、能動的な準備や確実な実施、愛情あるコミュニケーションによって作られたものだ。彼らは極度のプレッシャー下においても、パフォーマンスの精度を落とさない基礎を築いている。PK戦が始まる前に、リバプールは1-0でリードしていたようなものなのかもしれない」と結論づけている。
クロップは選手のモチベーションを高める手腕を評価されている監督だが、彼を支える優秀なコーチやデータアナリストの存在も大きい。彼らはクロップのマンマネジメントを、どのように最大限に発揮させるかに常に気を配っているのだ。
また、リバプールが脳科学のスペシャリストによって設立された「Neuro11」の力を借りていることも興味深い。The Athleticの記事によれば、彼らは脳科学の観点から「選手に本番に近いプレッシャーを与える方法」を提案している。トレーニングの段階から、リバプールというチームは本番のプレッシャーに耐える準備をしているのだ。カラバオカップ決勝の前にも、彼らがサポートする「心理学的なトレーニング」が選手を救った。
同時に脳科学者たちは、心理的なプレッシャーやストレスに強い選手のリストもクロップに提供している。だからこそ、クロップは迷わずにPK戦のキッカーを選択したのだろう。
科学的なアプローチによってPKに強い選手を判別し、その選手たちをクロップが最高の精神状態にまで導く。だからこそ、リバプールは大一番に強いのだ。
元ツイート:ゲイル・ヨルデット(@GeirJordet)
訳・文:結城 康平(@yuukikouhei)
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ディ アハト編集部
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