勝利の鍵は “PK前の数分間” 。~FAカップ決勝、クロップは何をしていたのか?~

PK戦までもつれ込んだFAカップ決勝。PK戦に臨む際の両指揮官のコミュニケーションについて、認知心理学のスペシャリストとして知られるゲイル・ヨルデット氏(@GeirJordet)による分析です。勝利は、PK戦の前から決まっていたのでしょうか?
ディ アハト編集部 2022.05.23
誰でも

こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第66回は、「PK戦前の監督の心理的アプローチについての分析」の翻訳記事をお届けします。ぜひお楽しみください!

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Geir Jordet
@GeirJordet
Liverpool beat Chelsea on penalties in the FA Cup final. A penalty shootout is a psychological game starting with how the manager communicates with his players after the final whistle. Klopp & Tuchel spent those 5 minutes very differently. Here are the events chronologically. 1/9
2022/05/15 17:32
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 リバプールとチェルシーは、FAカップの決勝戦で神経を削るようなPK戦を繰り広げた。認知心理学の研究者として欧州全土にその名を轟かせるゲイル・ヨルデット氏はPK戦に挑む両指揮官のアプローチに着目。両指揮官が「PK戦の前の5分間」をどのように過ごしたか、という視点で彼らのコミュニケーションを分析している。

 過去にも「PK戦の心理学」という記事でディ アハトに登場してくれたヨルデット氏。今回も一連の分析ツイートの翻訳許可をいただいたので、彼が着目した「PK戦における監督のコミュニケーションと心理学」について考えてみよう。

 また、幸運なことにヨルデット氏が注目したPK戦の準備については、Youtubeにもアップロードされている。ぜひ、こちらも併せてご覧いただきながら、本記事を楽しんでもらいたい。

◇両指揮官のアクションは

Geir Jordet
@GeirJordet
At around 60 seconds after the final whistle, Klopp already has made his selection and approaches each penalty taker to tell/ask him what shot to take. He does this one-on-one and often cements his ask with his trademark HUG. The asking process is intimate, safe, and loving. 2/9
2022/05/15 17:32
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 まず、クロップは、延長戦終了からの60秒間で誰をPKキッカーにすべきかを迅速に決断している。彼はそれぞれのキッカーに指示を与え、トレードマークである熱烈なハグで選手を鼓舞しながら、一対一のコミュニケーションで指示を伝えている。ヨルデット氏はこのクロップのアプローチを「親密で、心理的な安全を確保するものであり、愛情に溢れている」と表現している。

 このタイミングでもう1つ印象的なのは、リバプールは多くのスタッフがそれぞれ選手と会話するなど、コミュニケーションを取っていることだ。一方でチェルシーは、スタッフが多く集まってくるという感じではない。

Geir Jordet
@GeirJordet
At 1.30 min, Klopp is done with his rounds, the team is gathered in a huddle, and he gives a short but passionate speech. At 1.45, he finishes and the team breaks up the huddle.

At 1.50 min, Tuchel is still revising his notes, and eventually making his way into the huddle. 3/9
2022/05/15 17:32
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 延長戦終了から1分30秒の時点で、クロップは円陣の中心でチームを鼓舞するスピーチをスタート。クロップの隣ではラインダースもチームを盛り上げており、情熱的にチームにメッセージを伝達する。15秒程度でリバプールの円陣は解かれているが、一方チェルシーでは、トゥヘルがメモを確認しながら1分50秒の時点で円陣をスタートしている。

 ここでは、ヨルデット氏がコメントしていない「トゥヘルが何をしていたのか」という部分にも注目してみよう。トゥヘルは最初にメンディーと会話し、アロンソとも何かを確認している。アロンソから聞いたことをメモに記入しているように、トゥヘルはピッチ内でプレーする選手から「何かのヒント」を掴もうとしていたようだ。

Geir Jordet
@GeirJordet
Tuchel spent the first 1-2 minutes seemingly revising his selection, and (probably) from the corner of his eye sees that Liverpool has already finished their huddle before Chelsea has even started it. He then moves to the middle of the circle BEFORE he is done with the plan. 4/9
2022/05/15 17:32
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 トゥヘルは最初の1~2分で、PKキッカーの選択や順番に悩んでいたようだ。メモを書き直しながらギリギリまで調整を続けていたようだが、結果的にトゥヘルが円陣に入る前にリバプール側はすべてを終わらせている。チェルシーが円陣をスタートする前にリバプールは円陣を解いており、トゥヘルはこの段階でもまだ完全にプランを決められていない。選手たちと会話しながら、彼はプランを固めていった。

Geir Jordet
@GeirJordet
Entering the circle of players before you've completed the selection is what happened to Gareth Southgate in the 2021 Euros final – you’re late, not ready, become reactive, and what could have been a smooth final reminder to the team becomes erratic, rushed & stressed. 5/9
2022/05/15 17:32
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 ヨルデット氏がトゥヘルと比較しているのは、2021年のユーロ決勝におけるギャレス・サウスゲイト(イングランド代表監督)の失敗だ。彼はトゥヘルと同様に、プランを決めていない状態で円陣をスタートしてしまった。このように監督の準備が整っていないことで、選手たちは最終決定を焦った状態で知らされることになる。それは強いストレスであり、選手たちは受動的になってしまいやすい。

Geir Jordet
@GeirJordet
In the huddle, Tuchel then asks players about the shots, publicly in front of the whole team. There's plenty of group pressure when done in this way, the chance of honest responses from the players drops, and it creates further stress that carries on to the shootout itself. 6/9
2022/05/15 17:32
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 円陣の中で、トゥヘルは選手たちに「チームメイトの前で」PKの指示を出している。この方法だとグループからのプレッシャーを感じやすく、選手は正直にコメントすることが難しい。ヨルデット氏はこのストレスが、結果的に選手に悪影響を与えた可能性についても指摘している。

◇リバプールの科学的アプローチ

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While Tuchel is still in the process of selecting and asking his players, Klopp has finished all his administrative duties and spends his time spreading warmth, love and good energy; even taking a moment to have a laugh with van Dijk. 7/9
2022/05/15 17:32
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 トゥヘルが熱心に円陣を組んでいる間、クロップは監督としての仕事を終わらせリラックスした雰囲気を作っている。ヴァン・ダイクと笑顔で会話しており、チームにはポジティブなエネルギーが漲っている。

 一方、コーチ陣はアリソンの周囲に4人が集結し、最後のアドバイスを与えている。ここで時間を無駄に使わないのも、リバプールの強さだろう。

Geir Jordet
@GeirJordet
Because Liverpool finished their huddle early, they step into the mid circle first, and get to pick position. They pick the side closest to their bench, which enables staff to give further instructions during the shootout & maintains closeness to the warmth of the manager. 8/9
2022/05/15 17:32
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 リバプールは円陣を終了したことで、先行で自分たちのポジションを選択することに成功している。彼らはベンチ側に近く、監督やコーチからの指示が聞きやすい位置をキープした。チームとしての雰囲気を考えても、近くのエリアに立つことは重要だ。実際にクロップがダイクやエリオットなど「PKを蹴らない選手」とも笑顔でコミュニケーションをしていたように、彼はチーム全体の雰囲気を重視している。

 PK中にはアリソンが毎回、次のキッカーに直接ボールを渡していたことも印象的だ。また、マネがシュートを外した後にはチームメイトがすぐに慰めており、雰囲気が悪化しないようにしている。PKを蹴った数秒後にはマネは、笑顔で味方とコミュニケーションしていた。

Geir Jordet
@GeirJordet
Jürgen Klopp’s Monsters of mentality are not born, they’re made. Proactive preparation, composed execution, and warm/loving communication tend to give the best possible foundation for performance under extreme pressure. Liverpool was up 1-0 before the shootout had even begun. 9/9
2022/05/15 17:32
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 ヨルデット氏は、ユルゲン・クロップのチームが武器にする強靭なメンタリティーは生来のものではなく、能動的な準備や確実な実施、愛情あるコミュニケーションによって作られたものだ。彼らは極度のプレッシャー下においても、パフォーマンスの精度を落とさない基礎を築いている。PK戦が始まる前に、リバプールは1-0でリードしていたようなものなのかもしれないと結論づけている。

 クロップは選手のモチベーションを高める手腕を評価されている監督だが、彼を支える優秀なコーチやデータアナリストの存在も大きい。彼らはクロップのマンマネジメントを、どのように最大限に発揮させるかに常に気を配っているのだ。

 また、リバプールが脳科学のスペシャリストによって設立された「Neuro11」の力を借りていることも興味深い。The Athleticの記事によれば、彼らは脳科学の観点から「選手に本番に近いプレッシャーを与える方法」を提案している。トレーニングの段階から、リバプールというチームは本番のプレッシャーに耐える準備をしているのだ。カラバオカップ決勝の前にも、彼らがサポートする「心理学的なトレーニング」が選手を救った。

 同時に脳科学者たちは、心理的なプレッシャーやストレスに強い選手のリストもクロップに提供している。だからこそ、クロップは迷わずにPK戦のキッカーを選択したのだろう。

 科学的なアプローチによってPKに強い選手を判別し、その選手たちをクロップが最高の精神状態にまで導く。だからこそ、リバプールは大一番に強いのだ。

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元ツイート:ゲイル・ヨルデット(@GeirJordet

訳・文:結城 康平(@yuukikouhei)

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