ルヴァンカップ2021決勝 名古屋vsC大阪 レフェリングレビュー

選手だけでなく、レフェリーも並々ならぬ気持ちで臨んだであろうルヴァンカップ決勝戦。運命の一戦を審判団はどう裁いたのか、攻劇(@kogekidogso)がレフェリングの注目ポイントを振り返ります。
ディ アハト編集部 2021.11.09
誰でも

こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第31回は、10月30日に行われた2021シーズン YBCルヴァンカップ決勝戦 名古屋グランパスvsセレッソ大阪のレフェリングについてのレビューをお届けします。第30回(前回配信)記事の戦術レビューと併せてお楽しみください!

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◇「これぞ家本劇場」2021ルヴァンカップ決勝を振り返る

 名古屋グランパスの初優勝で幕を閉じた2021シーズンのルヴァンカップ。チームの戦術や選手の分析については前回の記事を参照いただくとして、今回はレフェリーサイドにスポットライトを当てた「レフェリングレビュー」をお届けする。

 まずはこの試合の審判団を確認しよう。主審を務めたのはJリーグ最多主審担当のプロフェッショナルレフェリー・家本政明氏。従来であればプライムステージ主審担当レフェリーは決勝主審には割り当てられないため、サプライズの割り当てとなった。副審を務めたのはともに国際副審の唐紙学志氏と渡辺康太氏。唐紙氏は前回大会決勝のFC東京vs柏レイソルに続く2大会連続での決勝副審担当となり、渡辺氏は今年2月のFUJI XEROX SUPER CUPの川崎フロンターレvsガンバ大阪に続くタイトルマッチ副審となった。第4の審判員はJリーグ最年長レフェリーの村上伸次氏が務め、VARには試合時点でJ1リーグにおいて判定修正時にVARルームにいた回数最多の中村太氏が、AVARには同じく判定修正時にAVARだった回数最多の五十嵐泰之氏が割り当てられ盤石な体制が敷かれた。

攻劇
@kogekidogso
2021ルヴァンカップ決勝

名古屋グランパス×セレッソ大阪

主審: 家本政明
副審: 唐紙学志
副審: 渡辺康太
4th: 村上伸次
VAR: 中村太
AVAR: 五十嵐泰之
2021/10/30 11:12
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◇試合前半

 試合はグランパスのキックオフでスタート。家本氏は非常にタフで魅力的な試合を作り上げることが特徴のレフェリーである。決勝戦という独特な緊張感の下、どのような試合が展開されるのかが注目された。

 最初のポイントとなったのは5分経過後。奥埜博亮が倒されながらパスを出すもずれてしまい、追いかけた柿谷曜一朗の顔にセレッソの選手の手が当たってしまった。主審は笛を吹き、奥埜のところのファウルを取りながら柿谷に声をかけた。このようなアクシデンタルな場面における声かけは、目立たないものの審判が選手からの信頼を得られる部分である。

 家本氏はこの場面に限らず、選手とのコミュニケーションスキルが非常に高い。例えば、ノーファウルの接触があった場合にその部分に手を向け「OK、見ているよ」とジェスチャーを交え伝えるなどの対応が挙げられる。この試合でも13分、スローインでポイントを修正する際に「ごめんね」と選手に声をかけたところも彼らしい対応だ。

 そして14分、原川力に対して宮原和也が深めのタックルをしてしまいファウルとなった。見た目の印象が悪く、解説を務めた内田篤人氏と宮本恒靖氏は主審がどのような対応をするのか興味深そうなコメントをしていた。結果的に家本氏はノーカードの判定を出した。リプレイを見ると伸ばした右足ではなく折り畳まれた左足が接触しているため、「不用意なタックル」としてノーカードの判定は十分妥当に感じられる。

 この場面で印象的だったのは、良くない印象を受けるファウルだったにも関わらず選手たちが熱くならなかったことだ。家本氏は宮原に注意し、セレッソの選手とお互いにリスペクトある態度で会話をしていた。明確なジャッジの根拠を持ち、しっかりとコミュニケーションを取ることで選手がヒートアップせずにプレーに戻れるというマネジメントは流石である。

攻劇
@kogekidogso
ルヴァン杯決勝、前半の深めに入ったように見えるタックルのノーカード判定と名古屋にアドバンテージを適用せず笛を吹いてしまったところは「おい!」と結構選手が怒りそうな事象だったんですが、どちらも家本さんのパーソナリティやレフェリングによって“選手”が笑顔で対応していたのはマジですごい
2021/10/30 19:41
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 16分には、グランパスのマテウスのシュートがうまくヒットせずゴール前の前田直輝にこぼれる。オフサイドかと思われがちなシーンだったが、メイン側担当副審の唐紙氏は残っていた松田陸を確認しており正しくオンサイドと判定した。その3分後にはバック側担当副審の渡辺氏が、セレッソの攻撃に対して正しくオフサイドディレイを行なった。ただ主審はそのままゴールキックと判断。自陣深いところのサイドから名古屋がフリーキックを行うよりも、ゴールキックにする方が名古屋にとって良いと判断したのだろう、柔軟な対応が見られた。

 飲水タイム前には2つ目のポイントがあった。稲垣祥が自陣でファウルを受けながらもパスを繋ぎ、グランパスが攻撃を仕掛けようという場面で主審は笛を吹いてしまったのだ。これに対し稲垣はアドバンテージの適用を要求したが、彼には笑顔が見られた。また家本氏もミスを認めながら声をかけている様子が中継に映っていた。流れを止められた側が主審に笑顔で意見するシーンは非常に珍しく、家本氏の高いマネジメント力のハイライトといえるシーンであった。

 26分、加藤陸次樹の抜け出しに対して渡辺氏はオフサイドディレイをせずフラッグアップをしたが、主審の判断でプレーを続行。ボールが外に出たところでオフサイドの笛が吹かれた。リプレイを見ると加藤は1mほどオフサイドポジションであり、チャンスに繋がる状況だったためオフサイドディレイが推奨されるシーンだったように見える。ただ解説の宮本氏が述べていたように、トラップが外に流れたと感じてオフサイドディレイをしなかったのかもしれない。副審の見えている角度では奥行きが感じづらいため、このようなことも起こりうる。

 32分、乾貴士のファウルに対して解説の両者がイエローカードが出る可能性を述べた。後ろからサイドバックの持ち上がりをホールディングで阻止する形となり、レフェリーによってはカードを出す判断を下す人もいると思われる。ただ、家本氏はノーカードと判定した。そして乾にしっかりと声をかけ注意をしていたため、ノーカード判定には明確な理由があったと思われる。ホールディングをされた側はフラストレーションを溜めやすく、マネジメントが上手くないレフェリーでは試合が荒れる要因になりかねない。それでもこの試合が荒れなかったのは、やはり家本氏の能力によるところが大きかったからだろう。

 以上の経過で前半終了となった。ここまでノーカードであり、選手がレフェリーに詰め寄る様子もない。むしろリスペクトある態度で会話が行われるシーンが多く、レフェリーが目立たない良い前半であったといえる。

◇試合後半

 後半はさらにレフェリーが目立たない展開となった。開始早々にグランパスが先制ゴールを決め試合が動くが、危険な接触やラフプレーはまったく発生しない。50分に乾がファウルをアピールしたが、稲垣はボールに触れておりこれも問題ない判定である。60分に丸橋祐介の肘辺りの部位がマテウスの顔に入った場面も、武器として使われたわけではなくノーカードとしつつ、不用意に打ってしまったのでファウルという判定は妥当だろう。

 67分にはこの試合2度目の主審によるオフサイドディレイがあった。あくまで筆者の予想だが、もしかしたら試合前の打ち合わせでフラッグアップについて何らかの決め事があったのかもしれない。ただ戻りオフサイドのため、副審は映像で見るよりもオフサイドであるように見えた可能性もある。

 前述のような少し気になる場面もあったとはいえ、判定にブレがあるわけではなかった。75分手前のマテウスが倒れたシーンは、ちょうど乾が腕を伸ばしたところにマテウスの方から走り込んできたためノーファウルで問題ないだろう。78分にグランパスの選手が治療をする際、サポーターに向けて時計が止まっていることを示したジェスチャーはもはや家本氏の名物シグナルでもある。

 判定が気になる場面をあげるならば、83分の豊川雄太が倒れたシーン。宮原が後方から押し倒したように見えたが笛は鳴らなかった。おそらく宮原は左から、豊川は右からボールに向かったためフットボールコンタクトとしての交錯と判断されたのだろう。ただ、豊川の方が前に入っていたのでファウルのリスクがある接触だと感じた。

 後半アディショナルタイムにはグランパスのオフサイドにアドバンテージを適用し、セレッソがスムーズにプレーができるようなレフェリングもあった。

 そして試合終了を迎える。ルヴァンカップ決勝戦は2大会連続のノーカードマッチとなった。

◇まとめ

 全体的に家本氏らしさが溢れる試合となった。もちろんカードを出さないことが直接評価につながるわけではないが、無理矢理ノーカードの判断を出せば逆に試合が荒れてしまうこともある。今回の決勝戦がノーカードながら両チームがプレーに集中できたのは、家本氏の高いコミュニケーションスキルとマネジメント能力が大きな要因だったといえるだろう。決勝という特別な場でもいつも通りのレフェリングを発揮し、非常に素晴らしい試合を作り上げていた。

 また、PK疑惑といったシーンも無く、オフサイドディレイを除けばVARの存在を意識する場面は皆無に等しかった。これもストレスフリーな試合を作り上げた要因のひとつだろう。

 なお試合後、家本氏の今季限りでのトップリーグ担当審判員からの勇退が発表された。

Jリーグ(日本プロサッカーリーグ)
@J_League
日本サッカー協会は1日、プロフェッショナルレフェリーでJリーグ担当審判員の #家本政明 審判員が、今シーズンで国内トップリーグを担当する審判員から退くことを発表しました。

家本政明審判員、長い間お疲れ様でした👏

@referee_iemoto
#Jリーグ

詳しくはこちら👇
jleague.jp/news/article/2…
家本 政明審判員が今シーズンでトップリーグ担当審判員から勇退:Jリーグ.jp 日本サッカー協会は1日、プロフェッショナルレフェリー(PR)でJリーグ担当審判員の家本 政明審判員が、今シーズンで国内ト www.jleague.jp
2021/11/01 17:35
1431Retweet 6910Likes

 ここまで批判された過去を持ち、そして現在ここまで愛されているレフェリーは他に類を見ない。すべては家本氏が想像を絶する努力や苦労を経て成し遂げたことだ。そんな彼に大いなるリスペクトを込めて、今回のレビューを​締め括らせていただく。

文:攻劇(@kogekidogso

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