『Brothers in Football』時空を超えたクラブの絆に震えよ

アマチュアクラブの栄光と衰退、そして奇跡とも呼ぶべきクラブ間の絆を描いたドキュメンタリー映画『Brothers in Football -100年越しの再試合- 』。ヨコハマ・フットボール映画祭で上映が予定されるこの作品を、結城康平(@yuukikouhei)がご紹介します。【PR】
ディ アハト編集部 2022.05.30
誰でも

こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第68回は、ヨコハマ・フットボール映画祭2022の上映作品から、編集部おすすめの1本をご紹介!ぜひお楽しみください!

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 いよいよ開幕迫るヨコハマ・フットボール映画祭2022。毎年恒例となったサッカー映画の祭典で上映される作品のうちひとつが、『Brothers in Football -100年越しの再試合- 』だ。

 " Brothers in Football "ーー直訳すると、「フットボールの兄弟」。成長した弟が、時間と距離を超え苦しみの真っただ中にいる兄を救う……この映画は、そんな兄弟の強い絆を描いた物語である。

 ただし、その兄弟というのは人間の話ではない。「サッカークラブの兄弟」なのだ。

 欧州フットボールは長い歴史を誇っている。特に、その母国として知られるイングランドでは、アストン・ヴィラのように「古豪」として知られるクラブも少なくない。チェルシーやマンチェスター・シティがその資金力でプレミアリーグを席巻する現代でも、イングランドには伝統や歴史に重きを置くサポーターも多い。

 地元のクラブをサポートする彼らにとって、栄光の歴史は何よりも尊いものだ。多くの小さなクラブにはバーが併設されていることも多く、サポーターが集うような「サポーター御用達のパブ」も各地に残っている。そういった場所にはしばしば白黒の写真が飾られており、古いトロフィーが展示されているものだ。

 私も、ロンドンやスコットランドで下部リーグのゲームを観戦した際、クラブ関係者に誘われて何度かそういった「聖地」を訪れる機会に恵まれた。サッカー文化の根付く英国に暮らす人々にとって、クラブは祖父母や両親も通っていた場所なのだ。

 日本人選手が活躍するFCセルティックのライバルとしても知られるレンジャーズFCでは、ホームスタジアムに近いパブに多くのサポーターが集まり「スタジアムよりも熱く応援しよう」とジョッキを片手に盛り上がる。また、イングランドとスコットランドの国境に近いチームでは、「俺たちは唯一、スコットランドのリーグに所属しながらフットボールの母国を本拠地にするクラブだ!」と高らかに歌う。

 そのような多様な価値観と、そこに生きる人々が受け継ぐ歴史こそが「フットボールというスポーツが文化になる」ということであり、変わらずに受け継がれていく価値なのだと感じた。彼らはそれぞれに強い帰属意識とアイデンティティを持ち、フットボールクラブに自らの生き様を投影している。だからこそクラブが失われることは、それまでクラブと一緒に生きてきた人々にとっては何よりも耐えがたいことなのだ。

スコットランドで、筆者が訪れたイースト・スターリングシャーFCのスタジアム近くのバー(筆者撮影)。

スコットランドで、筆者が訪れたイースト・スターリングシャーFCのスタジアム近くのバー(筆者撮影)。

 この映画では、世界最高のクラブだったコリンシアンズを母体としたコリンシアンズ・カジュアルズが主人公となっている。元々コリンシアンズは、FA(イングランドサッカー協会)がイングランド代表の強化を目的に設立したクラブだった。

 当時、トップレベルの選手を集めたチームであった彼らは「最強のアマチュアチーム」として知られ、代表チームにも多くの選手を輩出した。しかし、徐々に彼らはその勢いを失っていく。特に、第一次世界大戦によって主力選手を失ったことは、クラブにとって非常に大きな痛手だった。

 実は、似た運命を辿ったクラブがスコットランドにも存在する。それがQueen's Park Football Club(クイーンズ・パーク・フットボール・クラブ)だ。

 彼らはボールを丁寧に繋いでいく「コンビネーションフットボールの先駆者」として知られ、当時のイングランド代表に衝撃を与えた。フィジカルを活かしたプレーを得意としていたイングランド代表は、文字通りスコットランド代表に翻弄されたのだ。コリンシアンズはフットボールスタイルの面でもクイーンズ・パークに追随し、イングランド代表の強化に貢献した。

 1872年に行われたイングランドとの練習試合では、スコットランド代表のスターティングメンバー11人全員がクイーンズ・パーク所属だったのと同じく、1894年にはコリンシアンズがイングランド代表のレギュラーを独占してしまった。

 クイーンズ・パークは「フットボールを楽しむ」という価値観を重視し、アマチュアであり続ける方針を選択したことで選手を引き抜かれ、弱体化していく。コリンシアンズは第一次世界大戦で従軍した多くの主力を失い、気づけばイングランドの勢力図は一変していた。言うなれば、歴史における数奇な運命によって、強豪クラブがその力を失ってしまうという物語だ。

 しかし、私がスコットランドで味わったクイーンズ・パークの生き方は魅力的なものだった。彼らはアマチュアであるが故にサポーターとの距離感も近く、フットボールを純粋に愛している。だからこそ、トッププロでは与えられない感動を、サポーターに与えていくのだろう。

 また、彼らはユース世代の育成でも知られており、リバプールで活躍するアンドリュー・ロバートソンはクイーンズパークの出身だ。彼も身体が小さかったことで育成年代で挫折を味わったが、美しいフットボールを是とする哲学によって成長を遂げた。

 コリンシアンズも同じように、イングランドの育成では芽が出なかった選手たちにとって「チャンスを待つ」貴重な場所となっている。その歴史を知り、自分の生活がありながらプレーにすべてを捧げる姿こそ、人々を本当に熱狂させるものだった。それは恐らく、自分たちの何倍もの年収を手にする「スーパースターであるプレミアリーグの選手」では難しく、自分のコミュニティで働いている選手だからこそ、サポーターにとって本当に愛すべき存在となるのだろう。

スコットランドのアマチュアクラブでは、子どもたちが写真のようにクラブハウスの前で選手を待っている(筆者撮影)。

スコットランドのアマチュアクラブでは、子どもたちが写真のようにクラブハウスの前で選手を待っている(筆者撮影)。

 しかし、そんな地元に密着するアマチュアクラブであるコリンシアンズ・カジュアルズ(コリンシアンズの後継クラブ)が財政難に苦しんでいることを知り、予想外のところから救世主が現れる。それが、彼らの弟であり現在のブラジル強豪クラブ、SCコリンチャンス・パウリスタだったのだ。

 ブラジルに遠征したコリンシアンズのフットボールに魅了された男たちがクラブの創設者となり、その名を継ぐ「SCコリンチャンス・パウリスタ」を設立した。レアル・マドリードの白いユニフォームもコリンシアンズからインスピレーションを受けたというエピソードが残っているように、コリンシアンズは多くのフットボールファンをその美しく協調的なプレーで魅了してきた。

 そして、SCコリンチャンスはブラジル屈指のクラブとなり、その価値観が正しかったことを「王国となったブラジル」の地で証明した。その歴史に興味を持ったサポーターたちがイングランドの「聖地巡礼」を始めたことをきっかけに、苦境にあったクラブに「希望の光」が灯る。弟となった遠きブラジルの強豪クラブが、英国で苦しんでいた兄・コリンシアンズを救うべく立ち上がったのだ。

 ここですべての物語を説明してしまうことは映画を観るかもしれない皆様にとっても、望むところではないだろう。弟となったブラジルの強豪クラブとそのサポーターたちが、どのように自らのルーツと歴史への愛を示し、兄コリンシアンズを助けたのか。

 かつて最強と呼ばれたクラブは没落し、アマチュアクラブとして細々と過ごしていた。それを救ったのは彼らの伝統であり、そのルーツだったのだ。捨てずに大切に守り続けてきたクラブの伝統と価値観が、ブラジルの人々を揺さぶったのである。それはまさに、「事実は小説より奇なり」という言葉がピッタリなストーリーだ。

 今回の映画祭で同じく上映が決まっている「ONE FOUR KENGO THE MOVIE~憲剛とフロンターレ 偶然を必然に変えた、18年の物語~」は、ゲームモデルによるチームの強化と地域密着が決して「切り離されたものではない」ことを教えてくれた。この映画のように、川崎フロンターレやJリーグに所属するクラブの価値観に影響を受けた海外のクラブが、いつか兄弟クラブとなることもあるかもしれない。

 『Brothers in Football』は、フットボールクラブの存在意義とサポーターのクラブへの深い愛を教えてくれる、そんな作品だ。クラブを愛することはそのルーツを愛することであり、そして、これまで紡いだ繋がりを感じていくことなのだ。

 映画館でこの作品を観ることは、リーグ・クラブ問わずサポーターの方々にとって涙腺が緩むものになるのではないだろうか。フットボール文化が醸成されていく日本でも、クラブの歴史を愛していくことの重要性を実感させられる作品だった。

 今回紹介させていただいた『Brothers in Football』を含む8作品が、今年のヨコハマ・フットボール映画祭では上映される。さらに、『Brothers in Football』のクリス・ワトニー監督や中村憲剛氏をはじめとする、様々な豪華ゲストの登壇も予定されている。

 本イベントは6月4日からいよいよ開催だ。ぜひ、上映日程やラインナップを公式サイトより確認して、足を運んでいただければ幸いである。

ヨコハマ・フットボール映画祭⚽️6/4-10
@yffforg
【Brothers in Football-100年越しの再試合-】
19世紀末、イングランド最強クラブの衝撃がブラジルサッカーの未来を作った

クリス・ワトニー監督、来日決定‼️
監督には作成秘話やモデルとなったチームの現在についてご説明いただきます⚽️

映画祭まであと🔟日
🎫発売中
yfff.org/yfff2022/
2022/05/25 14:37
6Retweet 42Likes

ヨコハマ・フットボール映画祭⚽️6/4-10
@yffforg
#YFFF2022 今年も豪華ゲストが勢揃い!

#中村憲剛
#村井満
#フィリップ・トルシエ
#家本政明
#倉敷保雄
#西岡明彦
#木村好珠
#中野吉之伴
#小井土正亮
#土屋雅史
#笹木かおり
#スパイクマイスターKohei

登壇情報は映画祭公式サイトで!
yfff.org/yfff2022

#チケットは29日正午より発売
2022/04/28 18:05
46Retweet 87Likes

文:結城康平(@yuukikouhei

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