マッチレビュー W杯2022 決勝トーナメント1回戦 オランダvsアメリカ

結城康平(@yuukikouhei)による、どこよりも遅い?カタールW杯マッチレビューをお届けします。本記事では決勝トーナメント1回戦・オランダ vs アメリカを分析。ファン・ハールの狙いと、バーホルターの用意した策とは。
ディ アハト編集部 2023.01.30
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こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第85回は、カタールW杯 決勝トーナメント1回戦・オランダ対アメリカのマッチレビューをお届けします。ワインを長く寝かせる方が美味しくなるように、きっとレビューにも遅くなったからこその「味」もある……という期待も込めて(?)、ぜひご一読ください!

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◇ファン・ハールの策と、ティム・リームの貢献

 オランダの指揮官ファン・ハールは、決断力においては他の監督を圧倒する。彼が得意とするのは「捨てるところを明確にした」スタイルであり、近年オランダ代表に勝負強さを与えてきたのは間違いなく彼の功績だ。

 「美しく勝つ」というヨハン・クライフの哲学をベースに発展してきたオランダだが、ポジショナルプレーがクライフの愛弟子ペップ・グアルディオラによって欧州各国で芽吹いている今、伝統的なスタイルだけで勝つことは難しい。センターバックにヴァン・ダイク(リバプール)やナタン・アケ(マンチェスター・シティ)のような世界レベルの選手が多いこともあり、ファン・ハールは今大会3バックでのプレーを決断した。両WBがリトリートし、5枚での守備も厭わないチーム構築は、勝利を追い求めるファン・ハールらしい手法だった。

 2014年のブラジルW杯でも、ファン・ハールは3-5-2のフォーメーションで結果を残した。トップ下にスナイデルを置き、前線はファン・ペルシーとロッベン。サイドアタッカーのロッベンを前線に孤立させ、彼の突破力を武器にサイドから速攻を狙うのがチームの基本戦術だった。

 個々のレベルが高かったこともあり、ファン・ハールは破壊力抜群のカウンターで相手を苦しめた。2022年の今大会では少し小粒になってしまった感はあるが、前線にはメンフィス・デパイとコーディ・ガクポ。ベテランの域に達しつつあるデパイはボールテクニックで起点となり、リバプールに引き抜かれたガクポも存在感を示していた。

 本記事で取り上げるアメリカ代表戦では、トップ下に起用されたのがデイヴィ・クラーセン。気の利いたプレーをこなす万能選手を攻撃的なポジションに置いたファン・ハールは、アメリカ相手でもボールを保持するのではなく、「ボールを持たせる」アプローチを選択する。

 ここでファン・ハールが狙おうとしたのが、アメリカDF陣からの縦パスだった。日本代表とのフレンドリーマッチでもセンターバックにミスが多かったアメリカ代表にとって、オランダ代表の綿密な準備は警戒すべきものだったはずだ。

 しかし、アメリカ代表も無策ではなかった。指揮官グレッグ・バーホルターはポジショナルプレーの信奉者として知られるが、彼もセンターバックを変更しなければならないという危機感を抱いていたのだ。

 そこで、本番になって重用されることになったのがティム・リームだった。プレミアリーグでも活躍するセンターバックはボールを運ぶプレーを得意としており、ミスを誘おうとするオランダへの対抗策となった。彼の左右を露骨に塞いでくる2トップに臆せず、縦に持ち運ぼうとするリームからアメリカもチャンスを作っていく。

◇興味深い「偽サイドバック」の活用法

 ボールを保持する状況になれば、グレッグ・バーホルターには様々なアイディアがある。それを示したのが、「偽サイドバック」の活用だった。

 いくつかの効果が期待できる偽サイドバックだが、今回は「パスコースを消そうと極端に左右に開いた2トップの背後に侵入する」という目的で使われており、かなり珍しいケーススタディとなった。

 アダムスがクラーセンにマークされながら前に出ることでスペースを作り、そこで両サイドバックがボールを受ける。これはデザインされた手法であり、右サイドバックのデストはボールを受けてから左ウイングバックのブリントから離れるようにインサイドにドリブルするようなプレーも狙っていた。この仕掛けが、互いの駆け引きを加速させていく。

 たとえば、この「偽サイドバック」という狙いを予測したブリントがインターセプトに成功したことを起点にした、ショートカウンターもあった。中央で奪われるリスクがあり、この偽サイドバックを成功させるには相手の「インサイドハーフ」に迎撃させなければならない。

 理想となるのは、以下の図にあるようなイメージだ。このゲームでは16分5秒~の局面で、ロビンソンが中盤を釣り出すことに成功している。アメリカは中盤を偽サイドバックでピン止めしておいて、そこからサイドのウイングに預けるようなパターンでもオランダを苦しめている。

 しかし、試合巧者ファン・ハールは健在だった。3人目を使うようなプレーのお手本となった先制ゴールは、それぞれの選手が自分の役割と生じるスペースを意識しながらプレーを成立させている。

 また、右サイドのウイングバックに起用されたデンゼル・ダンフリースが躍動。ロビンソンとデストは攻撃の局面ではインサイドに入り、守備の局面では大外を守らなければならないという難易度の高い仕事を求められてしまったことで、集中力を欠いてしまった。特に2ゴール目と3ゴール目は、アメリカにとっては残念なミスだったはずだ。

 アメリカ代表の勇敢なパフォーマンスは、日本代表と同様に世界に勇気を与えるものになった。その一方で、論理的な組み立てだけでは破れない強豪国の強さも思い知らされることになったのが今回のW杯だろう。

 ドイツやスペインに勝利した日本は、後方のリスクを度外視してプレッシングを仕掛けることで番狂わせに成功。そしてオランダを相手にアメリカは、偽サイドバックを活用するアイディアを提示した。

 中堅国の戦略には、これからの日本代表にとっても様々なヒントがありそうだ。

文:結城康平(@yuukikouhei

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今回および第83回のW杯マッチレビュー記事は、W杯アーカイブ化企画に参加したものとなります。他の分析も興味のある方は、以下URLよりご覧ください!

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