マッチレビュー CL 21/22 決勝 リバプール vs レアル・マドリード

欧州の頂点を目指す2チームが全力を尽くしたゲームは、両者にとってシーズンの集大成に。結城康平(@yuukikouhei)が、21/22シーズンのチャンピオンズリーグ決勝を分析します。
ディ アハト編集部 2022.05.31
誰でも

こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第69回は、5月28日(土)にパリにて行われたチャンピオンズリーグ決勝のマッチレビューをお届けします。ぜひお楽しみください!

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 欧州の頂点を競うゲームは、トップクラブにしか踏み入れることを許されない「聖域」だ。その聖域に慣れ親しんだレアル・マドリードは「王者の集団」としてスペインリーグを制覇し、ヴィニシウスやバルベルデといった新世代を担う若手たちの重圧を、経験豊富なベテランが和らげるチームになりつつあった。準決勝のマンチェスター・シティ戦では「背水の陣」となった終盤にカマヴィンガやロドリゴといった若手有望株が存在感を放ち、見事な逆転で決勝戦の切符を手中に収めた。

 一方、リバプールFCはドイツ人指揮官ユルゲン・クロップによって、名門としての威光を完璧に取り戻したクラブだ。今シーズンは夢の4冠に近づくなど、そのパフォーマンスはプレミアリーグでも傑出している。宿敵であるグアルディオラが率いるマンチェスター・シティにプレミアリーグでは競り負けたが、最終節まで優勝を決めさせないリバプールの粘りはグアルディオラの首筋に迫る刃となった。アストンヴィラ相手に「奇跡」というべき逆転劇で優勝を決めたマンチェスター・シティも、年々アップグレードされていくプレミアリーグの厳しさを実感しているはずだ。

◇右サイドを崩す、リバプールの連動と数的優位

 前半、ゲームの主導権を握ったのはクロップ率いるリバプールだった。レアル・マドリードが受動的にゲームを運ばなければならないほどに、チアゴ・アルカンタラを融合させたリバプールの攻撃力は脅威的だった。

 守備の局面でレアル・マドリードが抱えていた課題は、準決勝とも類似していた。基本4-4-1-1で守ろうとするレアルは、構造的にベンゼマとモドリッチだけではビルドアップを抑えきれない。バルベルデの推進力を活かすことでハイプレスで牽制するのが1つのパターンだが、シティと違って「トップ下を置かない」リバプールに対して「カゼミーロを底に配置するダイヤモンド」のメリットは少ない。

 むしろ、クロースとバルベルデの背後をWGに使われれば、致命傷になりかねない。それ故にバルベルデがハイプレスを仕掛けるような場面は限定的で、本人も試合後のインタビューでは「ロバートソンのオーバーラップを抑えなければならないと思っていた」とコメントしている。

 シティはポルトガル人MFベルナルド・シルバが下がることでビルドアップを安定させたが、リバプールはチアゴ・アルカンタラがファビーニョの横をサポートする。モドリッチは中央のエリアで数的不利になっており、ファビーニョがフリーになることでリバプールはクロースを誘う。そしてクロースの背後に生まれたスペースを老獪に使ったのが、サディオ・マネとモハメド・サラーだ。

 特に、その賢さで攻撃を活性化させたのはセンターフォワードに起用されたマネで、彼がハーフスペースでサラーと縦並びになるようなプレーでメンディーとアラバを足止めする。サラーが逆に前のポジションで足止めを担当すればマネがハーフスペースに下がってくる連動は、ヘンダーソンを加えた右サイドの数的優位との組み合わせによって「破壊力抜群の兵器」となる。アタッカーとして最も強敵なヴィシニウスを自陣に後退させるように、リバプールはアレクサンダー・アーノルドが攻撃の起点として機能。アーノルドとヘンダーソンが右サイドに流れながら、前線をマネとサラーが牽制していくシステムは、カゼミーロを中心にしたレアル・マドリードの守備陣を苦しめていた。

 次のツイートで抜粋した局面では、ヘンダーソンが右サイドに流れながら、サラーとマネが右のハーフスペースを狙っていることに加え、ルイス・ディアスもインサイドでプレーしている。

The Coaches' Voice
@CoachesVoice
Rotations on Liverpool’s right provided some joy early on, with their first chances created from that area. Fabinho and Thiago formed a double pivot, while Díaz attacked inwards from their left so Robertson could overlap, and Mané dropped to connect with the double pivot... 🧐🧵
2022/05/29 19:28
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 プレミアリーグ史上最強の攻撃力を誇るチームといっても過言ではない彼らは、右サイドの数的優位を作るパターンに「アクセント」を加えながら攻めの圧力を増していく。15分20秒~では、左サイドに人を減らした状況で「あえて不合理的なパス」を放ったのがチアゴ・アルカンタラだ。

 バイエルン・ミュンヘンで創造性を担ったピースは、今シーズンのリバプールにおいても欠かせない「将軍」となった。その男が「マネとサラーが右サイドにいないタイミングで、あえて選択した」右サイドへのボールは、ギリギリでメンディーが届かないゾーンに供給される。ヘンダーソンがヘディングで後ろに折り返したボールをアーノルドが受け、そこからのグラウンダークロスをサラーがダイレクトシュート。

 このシーンはクルトワが超人的な反応で低いボールを抑えたが、チアゴ・アルカンタラのパスを予測していた「データ分析の達人」がいる。それが、弊メディアでもバーンズリーFCの記事で登場いただいた、ジョン・ミュラー氏 (@johnspacemuller) だ。

 The Athleticのメインライターとして知られるようになった彼は、決勝戦の前にチアゴ・アルカンタラのプレーを分析している。

John Muller
@johnspacemuller
Thiago on the left does more Thiago things per 90'.

Long diagonals, disguised passes, press resistance: it's all easier for a right-footed passer when he's moving to his right.
2022/05/28 23:31
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 彼によれば、右利きのパサーであるチアゴは、右のハーフスペースと右へのロングボールを同時に狙うようなパスを最も得意としている。いわゆる「偽装するパス」の使い手として、チアゴはこの2パターンのパスを「身体の捻り」で最後まで読ませない技術に長けている。だからこそミュラー氏は、ヘンダーソンを右サイドのサポートに参加させながらチアゴを左に配置する陣形こそが、リバプールのバランスを改善すると指摘した。

John Muller
@johnspacemuller
@TheAthleticUK Moving Thiago to the left gave Liverpool a key midfield ball progressor where they hadn't had one.

It also let Henderson push up in close support of Alexander-Arnold and Salah, who are creating more than ever in the more balanced team.

Season-level pass networks are fun.
2022/05/28 23:01
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もはや、彼のデータ分析は「予言」だ。  

 リバプールはミュラー氏が分析したように、チアゴを左に配置しながらレアル・マドリードの右サイドを破壊するような攻撃を選択していく。そして、チアゴの武器は右サイドへのパスだけではない。100%のコンディションではなかったものの、彼によって、レアル・マドリードの守備組織は切り刻まれた。

 20分~、チアゴは右ハーフスペースのサラーを狙ったパスを意識させながらも、フリーになったマネを見逃さない。シンプルに縦に楔のボールを狙ったパスはミリトンとカゼミーロの間、エアポケットになったスペースへ。マネはそこでフリーになっており、そこからカゼミーロを剥がしてカットインしながら強烈なシュートを狙う。またもクルトワが超人的な反応でセーブするが、決定的なシュートだった。

◇静かに反撃を狙うレアル・マドリードの老獪な仕掛け

 リバプールの攻撃を浴びながらも、レアル・マドリードはヴィニシウスとベンゼマのコンビネーションから鋭いカウンターを狙っていく。左サイドに長いボールを狙うパターンはコナテのカバーリングで封殺されていたが、アンチェロッティはカウンターに複数の手札を用意していた。

 1つは、左サイドにヴィニシウスを走らせ、その背後をベンゼマがサポートするパターン。これは「攻撃的な局面では、選手の創造性とコンビネーションを重要視する」という自らの信念を表現する、アンチェロッティ監督の真骨頂だ。年齢も国籍も違う2人だが、お互いを意識したアイコンタクトと連携は抜群。狭いスペースを突破しそうなプレーで、リバプールの左サイドを脅かした。

 また、右サイドからのカウンターはビルドアップとの組み合わせという観点でも効果的に設計されていた。主として右サイドで待つのはフェデリコ・バルベルデだが、彼だけでなく右サイドバックに起用されたカルバハルが積極的にオーバーラップ。左サイドでクロースやモドリッチが下がってのビルドアップから、右サイドへロングボールを狙うようなパターンは、左サイドバックとしてプレーしたロバートソンの負荷を増大させることになった。バルベルデがインサイドに入ったり、左サイドをフォローすることでスペースを広げ、そのスペースにカルバハルがオーバーラップするメカニズムは完全に計算されていた。

 幻のゴールとなった前半終了直前の場面でも、カルバハルのオーバーラップを意識したロバートソンがベンゼマのマークを外してしまっている。あれもアンチェロッティにとってはイメージ通り、布石を打ち続けた結果の一撃だったはずだ。

 リバプールは、得意としているハイプレスよりも守備ブロックを優先する意識が強かった。だが、それに対してレアル・マドリードは「誘われることなく」自陣の深い位置でビルドアップさせることで、徹底的にリバプールの陣形を間延びさせた。これも、流石イタリア人監督という徹底ぶりだった。

 アラバのように足下のテクニックがある選手が、モウリーニョ期のセンターバックを想起させるような「深いポジション」で安全にパスを回すことを徹底していたのだ。そして、クロースやモドリッチが感覚的に下がってくるシステムは、リバプールのプレッシングを誤作動させる。

Michał Zachodny
@mzachodny
Co zrobił Real innego w akcji, która przyniosła rozstrzygające trafienie?

Rozbujał Liverpool - od lewej strony (wyrzut z autu), nie dając się zamknąć na jednej stronie, ale też wykorzystując częste zejścia Modricia do boku (czyli od pressingu).
2022/05/29 07:19
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 リバプールはスローインからの崩しに弱い、という課題を指摘していた識者もいたが、その密集を利用するようにレアル・マドリードは右サイドのスローインから左に展開していく。右に過剰に偏った陣形はハイプレスを狙うのであればOKだが、中途半端になってしまった感は否めない。ロバートソンがモドリッチに寄せていったのは、リスクマネジメントの観点では失敗だ。

 自陣に下がりながら正確な縦パスを供給したモドリッチと、そのボールを「ファビーニョとチアゴ・アルカンタラの間」に通したカルバハルのパスで、勝負は決まっていた。

 この試合でリバプールが危ない場面を作られたのが、左にファン・ダイクがスライドする局面だ。守備の要になる男がサイドに寄る場面では、ルカクをコナテが担当。そして、アーノルドがプリシッチとマルコス・アロンソの2人を見なければならない場面を作られてしまった。難しい役割が続いたアーノルドも大崩れせずに対応はしたが、エリア内で惜しい場面を作ったプリシッチやアロンソのフリーランには苦しむことになる。特に、アロンソはFW顔負けのボレーシュートを狙うなど、そのエリア内での嗅覚でリバプールのゴールを脅かした。26分50秒~のシーンでは、アロンソが完全にフリーになってしまっている。
リンクより引用

 上記は過去の記事からの引用だが、チェルシーとのFAカップでも危険な場面を作られていたのが「エリアの番人であるファン・ダイクがサイドにスライドしなければならない局面」だ。どちらかというと仕掛けるよりも遅らせる意識が強い彼のプレーを読んでいたように、右サイドからバルベルデは冷静にパスコースを選択。最後はアーノルドのサイドからヴィニシウスが合わせ、完璧なゴールを決めた。

◇アンチェロッティの調整力と、堅守のレアル・マドリード

 先制点を奪われたリバプールだったが、前半からシュートの本数は十分。後半も欧州屈指の破壊力で、レアル・マドリードの守備陣を破壊しようとしていた。その状況で、アンチェロッティはモドリッチをトップ下からセントラルに戻すことを選択。中央のカバー枚数を増やすことによる、バランスの改善に踏み切った。

 また、スペースを守るのではなく、ハーフスペースへ流れるアタッカーにカゼミーロが容赦なくプレッシャーを与えることで、リバプールに起点を作らせないプレーも光った。レアルの栄華を静かに支えてきたカゼミーロは、苦しい状況でこそ輝きを放つ選手だ。

 実際に、カゼミーロが中盤の底で相手のアタッカーを潰すことで、センターバック2枚も激しくエリア内でボールを奪えるようになり、セカンドボールもカゼミーロが回収していた。このブラジル人MFの守備は、一見の価値があるものだった。

Mar’tics
@Mtjtz_
After the opening goal, Ancelotti modified its tactical approach by demanding Modric to stop his pressures on Thiago/Fabinho, and Kroos to evoluate on the same line as Modric, Casemiro being the only defensive midfielder.
2022/05/29 22:39
0Retweet 12Likes

 また、ベルギー代表でも守護神として活躍するクルトワが覚醒。鬼神のようにシュートを防ぐ姿に、リーグ屈指の攻撃力を誇るリバプールの選手たちですらシュートを躊躇してしまう場面が少なくなかった。

 特に、アレクサンダー・アーノルドはクロスボールでも守備範囲の広いクルトワによって、本来の「ギリギリを狙う」ようなプレーが封じられてしまった。データによれば、2.6本のゴールを封じたクルトワのパフォーマンスは別格だったが、リバプールのアタッカーが後悔するとすれば「足下にボールを置いてからのシュートが増えてしまったこと」だろう。

 GKの位置を動かしながらシュートを狙うようなプレーがなければ、クルトワの守備範囲から逃れることは難しい。そういった意味では、前半のマネが狙ったようなシュートが求められていたのではないだろうか。

The Analyst
@OptaAnalyst
@FabrizioRomano Unbelievable.
2022/05/29 06:51
70Retweet 746Likes

 レアル・マドリード対策として効果的な可変システムを用意していたリバプールに対し、アンチェロッティはゲームの中で調整しながら「選手の創造性」をシステムに組み合わせていた。クロースとモドリッチ、特にモドリッチはトップ下で起用されながらポジションの概念を無視するように自陣でビルドアップをサポートし、結果的にそれがゲームを優勢に進めていたリバプールを混乱させた。バルベルデやヴィニシウスが任せられた役割とクロースやモドリッチが任せられた役割は与えられる裁量のレベルが違っており、そのバランス感覚がアンチェロッティの武器だったはずだ。

 そして、この2チームは相手の組織を崩すのに必要な「非合理的な解決策」を探していたように思える。リバプールではそれをチアゴ・アルカンタラが担っており、レアル・マドリードではクロースとモドリッチが豊富な経験で「崩れそうなバランス」をギリギリで成立させていた。

 この「非合理性」は、合理性を追求していく現代フットボールの中でも1つのテーマになっていくのだろう。レアル・マドリードが不可解な構成に中盤を配置しながらも絶妙なパスワークでプレッシングを回避するのを眺めつつ、筆者は未来のフットボールを想像していた。

  文:結城康平(@yuukikouhei)  

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