マッチレビュー アジア最終予選 日本vsオーストラリア
こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第53回は、3月24日(木)に行われたW杯2022アジア最終予選 グループB第9節のマッチレビューをお届けします。ぜひお楽しみください!
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◇「手負いの獣」となった、オーストラリア代表
生命の危機が迫るような窮地でこそ、集中力は研ぎ澄まされる。それは、人間のDNAにも刻まれた生物の本能だ。オーストラリア代表は前回の対戦時は「黄金の中盤」をどのように共存させるかという贅沢な悩みを抱えていたが、ホームでの第2戦ではコロナや怪我で主力が次々と離脱。アウェイでは潤沢な選手層の共存に挑んでいたチームは、ホームで迎えた重要なゲームで選手不足に苦しんでいた。
セルティックFCでも中盤の司令塔として君臨するトム・ロギッチ、プレミアリーグでもプレー経験のあるアーロン・ムーイを欠き、運動量とフィジカルで中盤を制圧するジャクソン・アーヴァインも不在。チームのレギュラーとなる4人のMFでは、正確なキックを武器にするアルディン・フルスティッチだけが残った。
予選で苦しんでいた日本代表にとっての光明となった守田英正(CDサンタ・クララ)と田中碧(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)を抜擢することで掴んだ値千金の勝利は、オーストラリアのペースを完全に狂わせた。上位勢の対決で勝ち点を失っただけでなく、中国代表とオマーン代表に引き分け。日本も苦しめられたオマーン代表は最終予選のダークホースになったが、中国相手のスコアレスドローは完全に誤算だった。どうしても若い国内組が多くなってしまったチームは、日本と比べると経験で明らかに劣っているように思えた。
しかし、「手負いの獣」を率いる指揮官グラハム・アーノルドの決断は大胆だった。本来は中盤で使いたい主力のアルディン・フルスティッチを前線に配置し、相方にはファジアーノ岡山のミッチェル・デュークを起用。前線の固定には苦しんでいた彼らは、今までに無い組み合わせにチームを託した。結果的にこの2人は、攻守両面で存在感を発揮した。
両サイドには突破力のあるアワー・メイビル(FCミッティラン)と、マーティン・ボイル(アル・ファイサリー・ハルマ)を起用。オーバーラップを積極的に狙う日本のサイドバックを牽制するには、縦に勝負することを好むサイドアタッカーの併用は効果的だった。
Team news is in for tonight's massive @FIFAWorldCup Qualifier at Stadium Australia!
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また、中盤で代表デビューを果たしたジャンニ・ステンスネス。23歳の彼に見覚えがある人はいなかっただろうか?
私も「どこかでプレーを見た記憶があるな…」と思っていたら、彼はユース時代に「ニュージーランド代表」でプレーしていた。ここまで書けば、思い出す人も多いかもしれない。彼は東京オリンピックでニュージーランド代表としてプレーしており、日本代表を苦しめていたのだ。
そんな状況でもビルドアップを支えていたニュージーランドのキーマンが、ジャンニ・ステンスネス(22歳)だ。本職は守備的なMFだが、3バックの右として起用にプレー。足元の技術に優れるだけでなく、シザースを挟みながらボールを持ち運ぶことで攻撃の起点になるような「気配り」でチームを機能させていた。彼はセンターバックとしても、今後の成長に期待できそうな選手だ。
当時のレビューを引用するが、彼はセンターバックとして日本代表のプレッシャーに屈せずにプレーを続け、ビルドアップの起点となっていた。センターバックでもプレーするフィジカルや守備力と、冷静にボールを動かすテクニックを兼ね備えたMFは、デビュー戦とは思えない冷静さで中盤を引き締めていた。
◇「スピーディな展開」に隠れた、両チームの思惑
序盤、オーストラリア代表は前線で起用したデュークの馬力を活かし、2トップというベースからセンターバック2枚を抑えることを選択する。彼らは2人のセンターバックがボールを保持したタイミングでデュークが寄せ、吉田のところにフルスティッチがプレッシャーを強めていく。
例えば1分55秒~の場面は、センターバック2枚がプレッシャーに晒されている。そこで守田が左サイドバックのポジションに流れたところも狙われ、中途半端に縦に狙ったボールを奪われてしまっている。
センターバックの選択肢を限定しながら右サイドのボイルを積極的に前に押し出すシステムで、長友を狙うのがオーストラリアの狙いだった。ビルドアップの選択肢が多くない日本の左サイドを狙ったスタイルは、完全に用意された策だった。ボイルが長友のところで選択肢を奪うだけでなく、ポジションチェンジした守田にも連動しながらプレッシャーを強めていくオーストラリア代表によって、試合はスピーディな展開に移行していく。日本代表はセンターバック2枚が元々ボールを持ち運ぶようなプレーが少なく、献身的に走り回るデュークが最終ラインを牽制。特に吉田は重圧からかパスをインターセプトされる場面もあり、嫌なカウンターを浴びてしまうこともあった。
また、6分にはフルスティッチが流れの中で左サイドから自陣に戻り、起点となることで絶妙なボールを供給している。このときは遠藤と田中が瞬間的に被っており、プレッシングが完全に外されてしまった。カウンターを4枚+高いポジションの長友で受けてしまう流れとなっており、守田も左サイドに流れていたことでスペースを消せていない。中盤のフィルターが完全に不在の状況でカウンターを浴びてしまったのは、危険な場面だった。
ここには、日本代表が抱える大きな課題が集約されている。1つはビルドアップの局面で中盤への依存度が高く、DFラインへのプレッシャーに弱くなっていることだ。吉田と長友は中距離のパスが少なく、近いポジションにボールを預けることが多い。結果的にプレッシャーを浴びると選択肢を奪われ、手詰まりになってしまう場面も目立つ。
もう1つは攻守において中盤が流動するが故に、守備・攻撃の両面で意図が被ると広いスペースを受け渡しやすいことにある。
田中と守田を2ボランチで組ませたベトナム戦でも、中盤のバランスは危うくなっていた。エリア内にまで進出する田中や守田の強みを活かすには、やはり遠藤が必要になっている。
そのような展開で、ゲームの流れを引き戻したのは守田だった。14分、22歳のコナー・メトカーフからボールを奪ったプレーはオーストラリアのビルドアップを阻害する重要なプレーだった。ボールをアウトサイドで逃がそうとするプレーが目立っていた3番の癖を見抜き、守田が激しいチェックでボールを奪ったことでメトカーフのリズムは完全に狂ってしまった。落ち着かないゲーム展開が続いたが、22分には遠藤がドリブルで絶妙なボール運びを披露。裏を狙った浮き球はオフサイドだったが、正確な判断とスペース感覚でチャンスを創出した。
スピーディなゲームになったことで中盤は省略されやすくなってしまったが、アジア予選で圧倒的な推進力を発揮している伊東が実力を発揮する。彼が2枚のマークを引き受けてハーフスペースに田中が侵入した場面や、32分には裏に抜けるボールを冷静にキープ。相手とボールの間に身体を滑り込ませるようなプレーは、ストライカー顔負けだった。
オーストラリアの狙いも当然1つの理由だったが、中盤をベースにしたビルドアップではなく「スピーディなトランジション合戦」を選択したのは、結果的に台所事情の苦しいオーストラリア代表を助けてしまった感もある。前線の構成は慣れていなかったこともあり、勝たなければならないゲームであれば「スピードを落とす」という選択肢もあったのではないか。
攻守において中盤に負荷が集中するシステムは、どうしても不発となってしまうプレッシングを増やしてしまう。49分にはジャンニ・ステンスネスがボールを触らないまま、3人のプレッシングを無効化する好プレー。田中はブレーキが効かず、そのまま突っ込んでしまっている。しかし、それでもオーストラリアの主力も徐々に疲労していったことで、後半からは日本代表がペースを握る。その中核になったのは、再び守田と田中だった。
52分30秒~の場面では、田中が認知と技術をベースとした駆け引きでチームを活性化させた。彼はバックパスを意識させながら横の遠藤へのパスを選択することで、遠藤に「オープンな状態」でボールを渡すことに成功。複数人でのプレッシングを、完全にワンプレーで無効化してしまった。60分30秒には、田中が大きなタッチでバックパスを意識させながら身体を捻り、遠藤にショートパス。小さなフェイクで相手のプレッシングを動かし、重心の逆を狙うようなプレーでゲームを動かしていく。
61分には守田が冷静にゲームを遅らせながら、右サイドでそれを感じた山根もスピードを上げずにボール循環を選択。田中が遠藤に斜めにリターンすることで「3人目」を使う展開で、更に横断しながら相手MFの背後に侵入することに成功。リターンを受けた守田のタッチが、今日のベストプレーだろう。田中からの鋭いボールを見事に次のプレーに移行しやすい位置に置き、そこから絶妙なラストパスを供給した。前向きにエリアに走った南野がタッチしていれば、という場面だった。最後は流れたボールを浅野がシュートするも、失敗に終わる。川崎フロンターレ出身の選手たちによって構成されるユニットは、「焦らずに仕掛けのタイミングを待つ」という意識の共有において他の選手を圧倒している。アウトサイドなどの小さな工夫で相手を牽制することも得意で、彼らは連動しながら一気にスピードアップしていく。
88分、救世主となった三苫薫が決めたゴールの起点となったのは原口元気だ。ボールを力強いドリブルで持ち運ぶことで時間を作り、その結果として山根がオーバーラップする時間を稼いだことは大きい。山根に展開したパススピードは完璧で、オーストラリア代表は山根へのプレッシャーも間に合っていない。そこから更にバックパスを受けて右へ展開すると、大きかったのはそこで予備的なポジションをキープしたことだ。焦ってエリアに飛び込まなかったことで、結果的にオーストラリアの選手たちを密集させず、抜け出した守田がフリーになった。
一連の流れで3回ボールにタッチし、理想的なパススピードでボールを展開。そして味方の動きを冷静に把握していた彼は、現在のレギュラーとなる絶対的な3人に続くべき選手だろう。
⌚️ 84’ IN
⚽️ 89’ Goal
⚽️ 94’ Goal
🔥🔥🔥
93分の2点目については名手ライアンの珍しいミスがあったようにコースは甘かったが、ドリブルは圧巻の一言。後ろ足にボールを置くことで相手DFを前に誘うだけでなく、そこからの強いタッチで加速する「余地」を残したのが工夫だった。爆発的な加速力をドリブルの威力に昇華する工夫によって、彼はA代表の救世主となった。
W杯の出場権を確保したのは何よりも喜ばしいことだが、最下位であるベトナム相手に引き分けてしまったように「守田・田中・遠藤」に依存していることは難しい問題だ。指揮官が信頼する柴崎も苦しんでおり、特にビルドアップの局面ではチーム全体が苦しんでいる。ベトナム戦では右サイドバックのポジションで山根が孤立してしまい、ボールを運べない場面が多かった。
結局のところ、今の日本代表が「伊東、浅野(大迫)、南野」を前線に並べようとするとリアクション型のチームになりやすい。スピードを武器したアタッカーはスペースを必要としており、ショートカウンター中心のゲームで力を発揮する。結果的にチームとしてビルドアップのパターンが限られてくるので、どうしても守田と田中という「解決策」が求められているのだ。
多くの海外組を抱えている今の日本代表は、マネジメントという観点でも難しいチームになりつつある。ベトナム戦のように限られた出番に焦ったアタッカーは空回りしやすく、組織としてそれをバックアップする仕組みも整っていない。自己中心的な選手のように見えるのは、必ずしも選手だけの問題ではないだろう。
川崎フロンターレ出身の選手たちが共有する文脈に救われた最終予選だったが、ここからの強化も難しくなってくる。現状のベースをどのように残しながら、明らかになった課題をどのように解決していくのか。難題に挑む代表チームの成功を祈りつつ、今回は筆を置くことにしよう。
文:結城康平(@yuukikouhei)
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