ヤニス・サラシディスが語る「最先端コーチングの世界」①"A differential approach"とは何か?
こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第17回は、ヤニス・サラシディス氏による「最先端コーチングの世界」その①をお届けします。ぜひお楽しみください!
「最先端コーチングの世界」シリーズ②
「最先端コーチングの世界」シリーズ③
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◇欧州の最先端、A differential approachの世界。ファン・ハール、トゥヘル、そしてクロップ。
“When they play compact and we change positions, they will just stay in their defensive positions. They will pick the attacker up only at the moment the ball can be played. At least when it is a good opponent, against weaker team’s positional changes may be an option to break the defense. I, however, believe that a player should be able to operate from his position. This position is, however, not bound to a line. The position is about areas in which a player should and must play.” – Louis Van Gaal
🔙 He's back! 🤩
@OnsOranje
「相手がコンパクトにプレーしているときに我々がポジションを変えたとしても、相手は守備的なポジションにとどまるだけです。彼らは『ボールに関与できる瞬間』にだけ、アタッカーを捕まえます。少なくとも良いチームが格下の相手と試合するとき、ポジションチェンジは守備を崩すための選択肢になるかもしれません。しかし、私は『プレーヤーは自分の今いる場所を起点にプレーすべき』と考えています。ただし、このポジションはラインに縛られたものではありません。ポジションとはプレーヤーがプレーすべき、そしてプレーしなければならない領域のことです」 - ルイス・ファン・ハール
バイエルン・ミュンヘンを率いたこともある名将ファン・ハールの概念を、より深く掘り下げてみましょう。その前に、あなたはdifferential learningについて知っていますか?
(この概念は日本語における文献が極端に少ないので、取り急ぎとしては下記のnoteを参考にして頂ければと存じます。また、安易な翻訳は意味を歪めるリスクがあると考えておりますので、本文中は英単語・もしくはカタカナ語として扱うことをご了承下さい。:結城康平)
“At first, we wondered what these things had to do with football but we realised quickly that they worked… Some exercises last two and a half hours. But because they always change, but it doesn’t feel like that” -Neven Subotic
「最初はこれがサッカーと何の関係があるのかと思っていましたが、すぐに効果があるこことを実感しました・・・。2時間半にも及ぶ練習もありましたが、常に変化していることで長くは感じられなかったのです」
元ドルトムントのCBとして活躍したネヴェン・スボティッチは、現チェルシー指揮官のトーマス・トゥヘルがトレーニング中に状況を常に変化させることについて上記のように語っています。
現代的なトレーニングの構造は、「変化」というコンセプトに基づいています。このメソッドは「機能的な適応」が「短期間での多様な繰り返しの経験」、つまりトレーニングにおいて「反復のない反復」を作ることによって可能になるという考えに支えられています。昔から、このメソッドは技術の向上を助ける手法として使われてきており、理論ベースの文献では頻繁に見ることがあると思います。
しかし、この手法が戦術的に応用できるとしたらどうでしょう?もしも、現代サッカーを牽引するトップチームにおける様々な戦術的側面を「反復のない反復」で、試合と同じような文脈に落とし込むトレーニングをデザインすることが出来るとしたら?
このようなトレーニングは、どのように見えるのでしょうか?
上記のリンクにアクセスすると、動画でサイドバックを例にしたプレーゾーンのイメージを共有することが可能です。それぞれの相手側の配置をもとに、サイドバックをどこからプレー開始させるのか?誰を基準に動くのか?いつ、どのように適応すべきか?
その中で、ゾーンのパターン、得点のシステム、チームのルールなどを変えることで、自分の好きなプレースタイルに合わせることができます。例えば、3人のプレーヤーがボックスに入った場合にのみ得点は認められるようにする、というパターンもあるでしょう。または、使えるエリアの条件をカスタマイズすることで、自分が重視するプレー原則を浸透させることもできます。
個人的には「流れ」を保ちながらプレーをしたいので、それを妨げるルールや条件は制限するようにしています。例えば「デッドゾーン(使うことを奨励されない特定のゾーン)」を作った場合でも、そこに入ったときにプレーは止めません。これらのゾーンに入ってもプレーは続けられますが、練習で求めているプレーを実現するのに理想的なエリアではありません。
ボールは、プレーを再開することを考慮したエリアに戦略的に散らばっています。これらのゾーンに追加のスタッフや負傷した選手を配置することは、ゲームに近い流動的な状況を確保しながら、リスタートやセカンドボールの状況を再現するための鍵となります。しかし、本文中ではトレーニングの内容を詳しく説明することは避けましょう。あなたのチームがプレーしているリーグの文化、状況、育成目標、フォーメーションに基づいて、指導者自身が決めるべきことだからです。
◇A differential approachを、戦術的に適合せよ。
ここから、選手の意図と注意を調整しながら方向を転換していく目的に応じて、様々な「differential training scenarios(ディファレンシャル・トレーニング・シナリオ)」を作成することができます。ここでは、相手陣地にどう攻め込んで混乱を生じさせるのか、選手の意識を変化させていく実践的な例を紹介します。各試合では、ディフェンスチームのシステム構造に関連する戦略を変え、守備の各選手にはグループまたは個人としてのタスクを与えます。ここで重要なのは、コーチはトレーニングセッション中に「必要なだけ、過剰にコーチング」して守備を管理するべきであり、それが可能だという点です。プレーの中断はないので、ゲーム前とゲーム間の説明は「きちんとそのプレーの中で求められた文脈を維持することを考えれば、シンプルで明確である必要があります。以下は、4つのゲームのそれぞれで使用できるdifferential defending problems(ディファレンシャル・ディフェンディングの課題)です。
The mind is free, and that is the most important thing, the manager does not overload the players with information. Every game is different because opponents have different qualities and different threats, the consistent element to our approach is we do not man-mark. It would be difficult to counterpress if we man-marked. This means we mark spaces. –Georginio Wijnaldum
「精神状態を自由な状態に保つことは、最も重要です。だからこそ、監督は選手たちに情報を与えすぎないように注意しています。相手には多様な強みがあるので、全ての試合が異なっています。そういった状況で、私たちのアプローチに一貫しているのは「マンマークをしないこと」です。マンマークをしてしまうと、カウンタープレスをかけるのが難しくなります。つまり、スペースをマークすることを心がけています。-ジョルジニオ・ワイナルダム
Differential pitch(ディファレンシャル・ピッチ)の中では、8分間のゲームが4回行われます。また、セット間に3分間の休憩を取ることができます。各ゲームの前に、攻撃側のチームは、それぞれのプロフィールや強みに応じて意図的にパートナーシップを組み、柔軟に対応していく構造になっています。重要なアイデアは、原則的に選手を繋ぐことで、ポジションではなくスペースでプレーすることを奨励することです。例えば、「繰り返しのない反復」として、ハーフスペースからゴールに到達するチャンスを作ろうとしている3人のプレーヤーのトライアングルで、ディフェンス上の問題点を作り出すことを目的としていると仮定しましょう。この場合、守備側のチームのシステム・構造・戦略を変えることで、ワイドトライアングルが時間と空間で4つの全く異なる問題に直面するようにしています。
“Coaching as much as necessary, as little as possible. As many forms of play as possible, as few exercises as necessary. Game forms as simple as possible, as complex as necessary. Short repetitions with the highest possible quality. As much fun as possible, as serious as necessary” –Rene Maric
エディン・テルジッチとマルコ・ローゼ監督の融合はブンデスだけではなく、欧州に脅威をもたらすはずです。
レネ・マリッチもここに加わります。
トゥヘルに見出された、ローゼの頭脳でもある非常に優秀な戦術家であることを忘れてはいけません。
@ReneMaric
「必要不可欠なことを、出来るだけ限定してコーチングを行うこと。出来るだけ多くのプレー形態を、出来るだけ少ない練習時間で学ぶこと。出来るだけシンプルで、必要なレベルで出来るだけ複雑なゲーム形式を取り入れること。可能な限り質を高め、短い反復練習を行うこと。そして出来るだけ楽しく、真剣にトレーニングすること」-レネ・マリッチ(現ドルトムント・アシスタントコーチ)
私は、 differential tactical sessions(ディファレンシャル・タクティカル・セッション)を行っていく際は、その場で明確なフィードバックを行わないようにしています。その日の学習は、発見と感覚の習得に大きく舵を切っているのです。フィードバックは必要ですが、その際には必ずビデオを使って詳細を補足し、選手の意図や注意力を高めるようにしています。この日のトレーニングで最も重要なことは「選手が変化を体験し、感じ取る機会を得る」ことです。私たちが本当にやりたいことは、彼らのこれまで日常的に基準としていたポイントを乱すことで、経験するシステム、構造、マーキングの種類を変えていくことを経験し、変化していく空間に適応可能な注意力を得ることです。
さて、あなたが知っている戦術の中で、攻撃の体制を構築する際に適用・使用できるものは何でしょうか?どのチームがこれらのトライアングルを使っているかわかりますか?流動的な動きを生み出すために、トライアングルの中でどのような原則を訓練しましたか?
ここでは、セッションを構築するために使用可能ないくつかのトライアングルをご紹介します。
“The greater the number of such mini-models in the teams arsenal, the faster and more unexpectedly they vary within the framework of the game model chosen for a match in general and taking into account the characteristics of the opponent in particular.” – Valeriy Lobanovskyi
「このようなミニモデルの数が多ければ多いほど、ある試合に選択されたゲームモデルの枠組みの中で、特に相手の特徴を考慮した上で、「より速く、より意外性のある変化」が可能になります。」- ヴァレリー・ロバノフスキー(科学とフットボールを融合させた先駆者としても知られる、伝説的な指導者)
こういった概念的なモデルは、視覚的な手法やあなたのチームに合うと思われる手法で共有することができます。私は4パターンの三角形を印刷して、プレイヤーを3人ずつのグループに分け、相手のセットアップに応じてどのスタートポジションを取るのか選ばせました。4つのゲーム式トレーニングに合わせて三角形の原則を変えることもできますし、プレイヤーに三角形の原則を理解させて、新しい問題が出てきたときにゲームの中で適応させることもできます。結局のところ、すべての三角形が同じように作られているわけではないのですから。
目的は、本番の試合ではリラックスできるように、トレーニング自体は複雑かつ精神的に不可の高いものにすることです。
もちろん、differential maps(ディファレンシャル・マップ)は「11対11、5対5」など、必要に応じて変化させることが可能です。重要なポイントは4試合を通じて、攻撃側のチームは同じ最終目標を達成しようとしながらも、様々なマーキングタイプによって判断基準が変更されるため、新しいスペースを活用しなければならず、常に変化していく状況に柔軟な対応することを余儀なくされるということです。また、このタイプのトレーニングは、1週間を通してトレーニングした原則やスキルを、異なる相手の戦略に対してテストするための補助的な方法として、サイクルに組み込むのが最適であることも重要です。
ここに、別の例があります。人数を減らした8対8の状況で、カナダプレミアリーグのチャンピオンである「Forge F.C.」のシステムをdifferential map(ディファレンシャルマップ)として使用しています。このセッションでは、次のようにシンプルでありながらも示唆に富み、気付きを促せるような質問から始めることもできます:
「最終ラインの斜め前や後ろで、何人を前を向いた状態でプレーさせることが出来るだろうか?ハーフスペースで高い位置に1人、低い位置に1人を配置する方法はいくつあるだろうか? 8番と10番の選手がボールを持った時に前を向く状況を作り出す方法は、いくつあるだろうか?このアクティビティでは、8番と10番の選手に別の色のビブスを着せて、それぞれのサイドバックとウイングとのパートナーシップを明確に示しました。認識を変えるために、ワイドボックスにどのような条件を加えることができるでしょうか?」
もしあなたが明確にコーチングすることを選択した場合、以下のようなトライアングルルールを検討することができます。
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ボールサイドの8番、10番が低いハーフスペースに落ちたとき、ウインガーが相手のフルバックを挟み込むように押し上げ、背後のスペースに脅威を与える。同時にこちらのフルバックは、相手のウインガーよりも高い位置を取るようにする。
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8番/10番がボールを保持したときに「ボールから遠いもう1人が幅を持たせた」場合、味方のウイングは相手フルバックの背後を取る動きをしてマーカーをピン止めし、味方フルバックはより深い位置にドロップ&ドラッグして相手のウイングにどちらにプレスをかけるべきか、選択を迫るようにする。
注意すべき点は、最初から原則を持たずに選手にこのようなトレーニングを行っても、トライアングルの原則の発展にはつながらないので、明確に指導していくことが必要だということです。
トライアングルの原則としては、私個人の意見ですが、「常に1人が裏のスペースで脅威を与え、1人が幅を提供し、常に1人が前方に脅威を与えたり、スイッチするリンクプレーヤーを見つけたりすることを考え、横または背後をサポートする選択肢を提示したい」と考えています。ボールから遠い側のトライアングルの原則についてはどうですか?相手の意図は?どのようにして、どこに注意を向けることができるでしょうか?それは、あなたがご自身で考え抜くものです。
また、 differential tactics learning method(ディファレンシャル・戦術学習メソッド)のエッセンスは、以下のような現代の選手たちのニーズや好奇心、期待の変化にも対応しています。
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「自律性」の必要性が高まっていること
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「状況判断力と適応力」を身につける必要性が高まっていること
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「バリエーションによる刺激」の必要性が高まっていること
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「プレー原理との関連性」を求める声が高まっていること
このタイプのトレーニングは、1回だけで成立するものではありません。戦術的トレーニングの日として、日々のサイクルに織り交ぜていくべきです。このタイプのトレーニングに最適な時期は「13歳から19歳の間」で、プロチームのプレシーズンにも利用できます。このコンセプトを、あなたの現在の状況に合わせてどのようにアレンジしていきますか?
この困難な時期に、選手たちを惹きつけ、活力を与え、ポジティブな気持ちにさせるために日々努力しているコーチの皆さん。 自分がどのように行動を起こすのかが重要であるのを知るのに、ソーシャルメディアに1000人のフォロワーがいなくても構いませんし、スタジアムで自分の名前を歌ってもらう必要もありません。本当にそうなのです。あなたのインスピレーションを広め続けてください。今まで以上に世界がそれを必要としています。ありがとう、そして好奇心を忘れずに。
また、友人であり師であるダニー・ワーシントンには、長年にわたってアイデアを交換する際に助けてもらい、サポートしてもらったことにも感謝しています。
文:ヤニス・サラシディス(@YiannisTsala)
〈プロフィール〉大学生時代にカナダ3部でプレーする傍らで、指導者としてのキャリアをスタートした若手指導者。グラスルーツからアカデミーまで幅広いレベルで指導経験を重ね、レッド・リバー大学ではアナリストとしても活躍。その後は地域のサッカー協会のコーディネーターなどを経て、2019年にU-17カナダ代表の強化合宿でコーチを担当。同年のフランス女子W杯ではカナダ女子代表のアナリストとして活躍した。@Coaches4Sや、@iCoachingCloud というアカウントでも、活動を続けている。
訳:黒崎 灯(@minMackem)
編集協力:結城康平(ディアハト編集チーム)
ディ アハト第17回「ヤニス・サラシディスが語る「最先端コーチングの世界」①"A differential approach"とは何か?」、お楽しみいただけましたか?
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