ヤニス・サラシディスが語る「最先端コーチングの世界」②選手を加速度的に成長させる"Differential learning"
こんにちは、ディ アハト編集部です。本ニュースレターをお読みくださりありがとうございます。第22回は、ヤニス・サラシディス氏が語る「最先端コーチングの世界」シリーズその②をお届けします。ぜひお楽しみください!
「最先端コーチングの世界」シリーズ①
「最先端コーチングの世界」シリーズ③
また、購読登録いただきますとディ アハトの新着記事を毎回メールにてお送りいたします。ご登録は無料で、ディ アハト編集部以外からのメールが届くことはございません。新着記事や限定コンテンツを見逃さないよう、ぜひ下記ボタンよりご登録いただけると幸いです。
◇Difference(違い)とは何か?
一般的に非線形的な人間の成長について考えるとき、「Differential Learning」のシンプルな目標はトレーニングによって選手が「刺激され」、「成長し」、「挑戦の機会を得る」ことです。学術的な理論を詳細に説明することは避けますが、もう少し細かく学びたい皆様には今後も色々と参考文献を紹介していければと考えています。
※編集部より:こういった資料も、今後需要があるようであれば和訳していきます。
新しいスキルを習得することは、人間にとっての基礎です。我々は成長の過程で服を着ることを覚え、フォークやナイフを使って食事をする方法を覚え、色々なリズムに合わせて踊ることを覚えてきました。他の動物とは、「行動の幅に大きな差があること」を説明するまでもないでしょう。では、どのように我々はこのように「スキルの習得における圧倒的な柔軟性」を使いこなしているのでしょうか?
ここ数十年で、「ノイズ」や「継続的な変動」がパフォーマンスやコントロール、運動技能に与える影響の重要性が見直されており、それらが「スキルを習得するプロペラになる」という学説が主流となってきています。もちろん、「Differential learning」という学説の発展には「システムダイナミクス」や「神経可塑性」の研究、「他家受粉」と呼ばれる生体システム学の思想などが寄与していることも事実です。
Differentialを最もシンプルな言葉で表現すると、「反復のない反復」です。
“Differential training - never train in the “right way” in order to become the best” - Wolfgang Schöllhorn
「Differential trainingは、ベストになる為に"正しい方法"でトレーニングすることはない」-ヴォルフガング・シェルホルン
Au menu: football, apprentissage différentiel, fluctuations, le cerveau, Paco Seirul.lo et l'école catalane...
マインツ大学のスポーツ科学の教授であるヴォルフガング・シェルホルンは、知られざる現代フットボールにおける「功労者」です。ユルゲン・クロップやトーマス・トゥヘル、そしてFCバルセロナの革命を支えたフランシスコ(パコ)・セイルーロ・・・現代フットボールにおいて「欠かせない存在」となりつつある指導者たちは、 シェルホルンの理論をベースにトレーニングを構築しています。
この分野においては絶対的な存在である男の言葉は、完璧に「Differential training」を説明しています。ここで、NBAのスーパースターであるステフィン・カリーの「狂気すら感じる」トレーニングを観察してみましょう。歴代最高との呼び声も高いスリーポイントの鬼は、試合前に軽々と超絶技巧を披露しています。
指導者の皆様には、このトレーニングに没頭して頂きましょう。
特筆すべきは、「彼が3回以上同じパターンを繰り返すことがない」という点です。さらに観察していくと、リリースするタイミングや高さも細かく変えていることに気付きます。このように、"Differential learning"はスキルを練習する際に「通常の動き」からの変化を促進していきます。
この文脈において「Overload(過負荷)」という言葉は、選手が慣れ親しんだ動きのパターンから「正統ではないが、それでも実用的な変化を促進すること」を意味しています。この理論のポイントは「理想とされる動きを繰り返すことでミスを減らす」従来の学習方法とは、大きく異なっているということです。(例えば、サッカーのトレーニングで考えるならピッチでコーナーを無くすことでワイドに斜め方向のパスを出しづらくし、中央を重視させるのは1つの例です。また、ゾーンやタッチに制限を加えることでプレースタイルや理想となるテンポでのプレーを促すようなトレーニングも一般的でしょう)
"Differential learning"における思想として、最も根本的なのが「理想的なテクニックは存在しない」というものです。
哲学者であり作家のアラン・ワッツは、次のように述べています。
“The only know-how is that there is no - how"
「唯一のノウハウは、ノウハウが存在しないというものだ」
だからこそ、ステフィン・カリーは様々な動きをトレーニングで試しながら「細かくリズムを変化するプレー」を求めています。 ヴォルフガング・シェルホルンも、「姿勢やスタンスを変化させること」が選手のスキル向上にポジティブな影響を与えると主張します。
“We overload ourselves in training, often with two balls or even including a tennis ball, this makes the game a lot slower and your able to process things a lot better" - Stephen Curry
「トレーニングでは2つのボールを使ったり、テニスボールを使いながら過負荷を意識している。そうすれば試合が遅く感じるようになり、プレーの処理能力が向上していく」- ステフィン・カリー
◇サッカーにおける"Differential learning"の活用
実用的な例を紹介する前に、我々はサッカーというスポーツにおける「戦略」について考えていかなければなりません。戦略とは、「フィールドにおける位置的なアフォーダンス」です。これは、ポジショナルプレーにおける「位置の概念」と混同することを避ける必要があります。つまり、指導者がどのようにフィールドを分割することで「価値を与えていくか」という思想なのです。
これは、個々の選手とグループが理想となるプレーを追求することを助ける「ポイント」になります。そして、ボール保持・非保持・トランジションの局面において、その価値がどのように変化していくのか?という疑問が生じるはずです。例えば、トランジションの局面でサイドと中央にどのような価値を持たせるのか?プレッシングの局面では?ボールを保持しているときは、どのゾーンを占有することが理想なのか?
こういった定義こそが、「名将の条件」です。つまり、監督がフィールドにおけるエリアにどのような価値を与え、ダイナミックなゲームにおいて選手たちにエリアを使わせるのか、という部分が重要になるのです。
そういった価値基準が定まれば、指導者はシステム(選手の位置的なレイアウトであり、チームメイトとの関係性を定義するスタートポジション)と構造的な適応(どのようにシステムが機能的に適応し、戦術的な目標を達成するのか)を発展させるプロセスに移行します。システムと構造の関係性は、結局のところ「どのスペースを占有したいのか?」「どのスペースに侵入したいのか?」「どのスペースへの侵入を妨害したいのか?」「どのスペースに相手を誘いたいのか?」というチームの目的と密接に関連しています。
グアルディオラの戦術について解説した上の動画は、戦略ーシステムー構造的な革命を理解するのに最適な資料でしょう。あなたのシステムー構造が定まれば、チェスの対局がスタートします。どのようにコントロールしたいスペースを作り、使い、相手を防ぐのか。どのように相手を誘い、相手チームのシステムー構造的な狙いを崩すのか。そして、相手のシステムー構造においてプレッシングを封じるにはどうするべきなのか。これには、フォーメーションの選択も当然重要になります。
脳内でシュミレーションするときは、4-2-3-1でハイプレスを狙うチームと4-4-2で中盤がダイヤモンドのチームをイメージするのがおすすめです。ダイヤモンドの中盤が「2-3の位置関係」に対して、数的な優位となる「2 vs 1」を作るにはどのような方法があるのだろうか?そして、チームにおいて鍵になるのはどのポジションの選手だろうか?
そして、現代のサッカーではダイナミックに変化していくリズムへの適応も鍵となります。つまり、どういったところに選手が成長する鍵があるかを考えていく必要があるのです。多くの選手を成長させるプログラムは、10年後に活躍する選手を育てるために3~6年を使おうとしています。戦術的ピリオダイゼーションは先進的な思想であり、クラブのスタイルやDNA、もしくはアイデンティティーにおいて重要となる原則を学ばせる方法です。多くのアカデミーや育成組織において、こういったワードが重要視されています。(しかし一方で、アイデンティティーを重視することは選手の柔軟な適応力を奪うという説もあります)
「奇人」のニックネームで知られるマルセロ・ビエルサは、選手に多くのポジションを経験させるという斬新なアプローチを好む監督です。彼は様々な特性を持つ相手に適応する解決策として、5年間のプランを推奨しています。
ここでは、"tactical differential training"が役立つでしょう。このアイディアは、制限によってコントロールされることはありません。その代わりに、「制限」はシステムー構造を変化することを可能にしており(指導者は、戦略的にピッチを区切っていく)、鍵となるスペース・アフォーダンスは「制限」であると同時に「機会」となります。
選手がプレッシングのシステムや相手のスペースを攻略する方法を理解し、ポジションの奥深さを知ったとき、彼らは「スペースの芸術家」になるのです。彼らは変化する状況に適応しながら、問題を解決する自らの「心理地図」を持っている。これによって、指導方法も変化することになります。つまり、「認知ー行動のペア」を作ることで選手の情報認知を助けるのではなく、全体論的で個人化された機会を探求させる指導へと移行していきます。
12 games
9 clean sheets
7 conceded
And West Brom were responsible for five of the goals. 🙃
“We do not do that by training in loops, instead we create conditions that are unusual for them with the idea of finding out which player can find a solution within a given difficult situation” - Thomas Tuchel
「我々は、繰り返しトレーニングをすることはありません。代わりに選手たちにとって、解決策を探さなければならないような難しく、未知の局面を用意していきます」- トーマス・トゥヘル
指導者はどのように「ガイドされた質問」が選手の思考を促進し、彼らがどのように適応するかを決定していくかを考えなければなりません。休憩中に私は、チームの1人と会話することで「システムー構造」を変化させることに挑戦させます。あえて、それは他の選手には教えないようにします。明示的なコーチングは、個人に合わせた方法である必要があるのです。選手の位置的な多機能性を鍛えるには、彼らの特性を考慮する必要があります。これは、1 vs 1での会話がベースになっていきます。選手自身のプレー動画や、トッププレイヤーが判断に失敗した場面の動画を使うことで、理解を促進することも1つの効果的な工夫です。
選手は小さな課題をゲームの中で解決することを求められ、それはピッチにおける特定のエリアと関係しています。トッププレイヤーは、試合の中で情報を収集することで適応していくのです。
すべての学習において、正解となるモデルは存在しません。何故ならそれは不完全で、現実をシンプルにまとめたものだからです。中国戦国時代の思想家・荘子の言葉を借りれば、「至人之用心、如鏡。不将不逆、応而不蔵」(賢い人の心は、鏡のようなものだ。過ぎ去った過去を映すことはなく、それを蓄えることもない)ということなのでしょう。
文:ヤニス・サラシディス(@YiannisTsala)
〈プロフィール〉大学生時代にカナダ3部でプレーする傍らで、指導者としてのキャリアをスタートした若手指導者。グラスルーツからアカデミーまで幅広いレベルで指導経験を重ね、レッド・リバー大学ではアナリストとしても活躍。その後は地域のサッカー協会のコーディネーターなどを経て、2019年にU-17カナダ代表の強化合宿でコーチを担当。同年のフランス女子W杯ではカナダ女子代表のアナリストとして活躍した。@Coaches4Sや、@iCoachingCloud というアカウントでも、活動を続けている。
訳:結城康平(@yuukikouhei)
ディ アハト第22回「ヤニス・サラシディスが語る「最先端コーチングの世界」②選手を加速度的に成長させる"Differential learning"」、お楽しみいただけましたか?
記事の感想については、TwitterなどのSNSでシェアいただけると励みになります。今後ともコンテンツの充実に努めますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
また、ディ アハト公式Twitterでは、新着記事だけでなく次回予告や関連情報についてもつぶやいております。ぜひフォローくださいませ!
ディ アハト編集部
すでに登録済みの方は こちら